パンケーキ


『コースター(カレー)』 2(投稿したやつ)
2022.9.2 23:29
話題:創作小説



2.縞



 弁当屋の弁当より値が張るが、もっと量と栄養のあるものでもと思った。
しかし財布にあるのは1000円だ。
もういいや食えりゃいいだろ、とりあえず弁当屋の側のスーパーに行くと、200円前後のカップ麺を二つ購入して戻ってくる。

ついでにお湯も入れてきてやったのでその場で食べられる仕様だ。
飢えた授業帰りの学生(ただし少しリッチな人たち)はよくこうして、店の裏とかで食べている。
 前から思っていたけどアニメや漫画のキャラクターって買い食いしすぎだろ。
僕が小さいときはせいぜい安めの駄菓子をつまむくらいだったぞ。
近くのバス停に入ると、戸を閉めて、割り箸とカップを渡した。ポケットから出した携帯……ではなく歩数計の時計表示を眺めて時間を計る。
縞さんは、ほぉー、と隣で呆けたようにカップを眺めていた。


「めずらしいですか?」

 縞さんは、こくこく、と頷いて言う。

「ほわゎ、これが食事か。時代はかわったなー」

「あなたいつの時代からいないんですか」
鉄球が山荘につっこむよりも前だろうか。
「石器時代」
真顔。キリッ。
「マンモスって美味しいですか?」
「ああ、300円前後のばら肉を買って、鍋でよく食べているよ」
「それ豚肉とかでしょ!」
「なんだ、ほとんど入院か部屋での療養生活が、ある日亡くなって放り出された大人の話が聞きたいのか?」
「え?」
入院? この人が?
「外の世界なんか、ろくに知らない。他人のことも。この世界は別世界。他人は宇宙人。そんな気分だしー」

タイムスリップしたような。戻ってこない、欠けたなにか。

「家電製品も最近買い出した! 炬燵とか、洗濯機とか、ベッドにはおけないだろ?」

「……たしかに」

 僕にもそういうものはあった。今でもある。

「囚人だったとか根も葉もない噂を流されたりしたし」

縞さんは、少し寂しそうに目を細めていた。

「病気だけじゃない、平和そうな日本でも、報道しないだけで密かに人身売買や拉致誘拐で、人が消えてるよ。
明日なんか信じてる場合じゃなかったりしてるのに、みんな平和ボケしてて。実になごむ。

いじめとかは話題になったけど、ああいう自力さえもうどうしようもないやつ、どうなんだろーね」



ここは、加害者に優しい。
よく誰かが言っている。
いじめは相手がすぐそばにいる。
見えない敵はさらに恐ろしい。気がした。

「たまに、今更なんで生きてるのかって、考えちゃいますよね」

気が向いたときだけ関われる友達がいたらよかったな。
べたべたされるのはだるい。
「お前って意外としゃべるんだねっ」

話の内容より、カップ麺を気にするようにして縞さんは呟く。
こんにゃろう……

「僕をなんだと」

「いただきまーす」

スルーして蓋を開ける縞さん。どうやら作り方の表示から、この食べ物の食し方は理解していたらしい。

あんなとこで行き倒れるから、計画性ない人かと思っていたが、頭の回転は早いのかもしれない。





 とたんにふわっと醤油ベースの甘辛い匂いが辺りに立ち込めてきて食欲をあおる。
後入れのスパイスをのせて目を輝かせる縞さんを横目に僕も同じようにする。
「美味しいですか?」

自分のを食べる前に聞いてみる。
嬉しそうにこくこくと頷いてスープをすすっている。
美味しそうに食べるなぁ。



 食事が気に入ったらしい。なつかれたようだ。

「お前いいやつだな!」

スーパーのごみ箱に空を突っ込んで、自分のアパートを目指す。

「縞さんはこれから……」
どうするんだ、と聞こうとすると、彼女はにかっと笑った。

「手伝わせてやろう」

はぁあ!?

「何をです」

「娘探しだ」

「……おう」





「俺に惚れているのだろう? 感謝しろ」

こ、この人、なかなかのメンタルの持ち主と見た。
「……僕が手伝う理由にはなりませんね」

なぜかドキドキしながら、彼女から距離をとる。こんな面白人類が僕と出会うことなんかあるのかっ。

「そうかそうか。それほど手伝いたいか」
「いってませんっ!」

坂道を登りながら彼女を見る。
最初は寝ててよくわからなかったが背が僕より高い。
海外モデルみたいだな。
童顔で背が高いって騙された気分!(騙してない)




「まず作戦を練ろうと思う」
「はあ」
「お前の名は」
ゴホン。
「では、前世から」
「現世の名で頼むわ」

「レイ」

「名字? 名前?」

「蓮田あいさ」

「秋沙、か」

「でもレイの方がなれてるんで、レイって呼んでください」


縞は無邪気に目を輝かせていた。

「まあ、わかった。レイちゃんだね! 俺は穂始上縞。よろしく!」



 いきなりちゃん付け?とも思ったが、いろいろ面倒だったので放っておく。名前を呼ばれたと思ったら、町の名前と住所、番地を告げられる。

「この辺わかる?」

わかるもなにも、この辺だ。
なんだ、もしかして見当をつけて来ていたのか。坂道を登りながら答える。
「少しは。あまり細かくはわからないですけど」

縞さんは、嬉しそうにわらった。

「俺は縞って呼んでいいぜ」
「縞」
「いきなり? あははは」




 何がおもしろいのか、笑う縞。
そうか、呼びますよってクッションが必要だったんだ。失念していた。
気にされなかったようだけど。
「縞って何歳?」
「おとな! 歳はきいちゃだめって親に習わなかった?」

「……家出したから」

僕は思わずうつむいた。縞は特に取り乱さない。
「なんで?」

「それは、いえない」

「じゃ、何歳?」

僕は、素直に答えた。


『これ』は、僕が18.5歳のときの話。






縞の携帯電話が着信を告げる。
『道化師の朝の歌』が少しの間流れていた。

「はい」

そいつが通話に出て少しして顔色を変えた。

「事件だ」

携帯をパタンと閉じながら、縞は言う。

「娘探しはおいといて、謎解きしなきゃならないらしい」


おいとかれたよ、娘。

「はあ……」



◆◇◆


 ウサギだけ見つかってない。それにあの干支みたいなの、キャラクター物はネズミと猿だけだったよ。統一性がない。


 でも、残念ながら続報。街のあちこちで《ぬいぐるみの首》が放置されて見つかっててパニック

 ああ見つかったのは、鼠、牛、鳥、馬、辰、猿。

ネットでは干支を間違えてるバカの犯行って騒ぎらしいし、ニュースもそんな感じ。


◆◇◆




「今、あちこちでぬいぐるみの首が発見される事件が起きているらしいが、知ってるか?」

縞は言う。
坂道は終わりにさしかかっていた。

「あー」

僕は思い出す。
昨日いったコンビニの横の新聞のところで、そんな記事をみたような。


「たしか撤去しても同じような首が置かれるらしいですね、同じ動物の」

「ネットじゃ、干支を間違えた説が有力みたいだが」




 縞は僕のほうに、もっていた携帯電話を向けてくる。街中に、ぬいぐるみが放置される奇妙な事件が、町内各地で起こっている。その記事だった。

犯人は捕まっていないし、模倣犯がいる可能性さえあるけれど、結局誰にもその意図はわかっていなかった。
この辺りで昔あった、首吊り自殺した中学生の命日でとまる、とかいう噂も飛び交っているけど、日付が重なっただけかもしれないし。
しかしなぜ彼女がこれを解くんだかわからない。電話は誰からだろう。
依頼主?
この人は、探偵?






 ああ、だったら、似合いそうだな。

画面は新聞社のサイトのニュース記事のページだ。
「だが、俺はそうは思わない」

「えっ」

「このあたりの地図は売ってる?」

「コンビニなら、あるかと」

「よし、行こう」


アプリで見るのは、と聞くと、紙が望ましいらしい。コンビニのために、来ていた道を逆走することになった。



 道の途中でクレープ屋さんを発見したらしく、僕に食べたい……という視線を向けてくるのを無視してしばらく進んでいると、やがて、たたっ、と足音がした。
そばを見ると縞がいない?

「えっと」

「買ってきた!」

買ってきたらしい。すごい行動力だ。
目の前の包みからふんわりと甘い香りがする。

「お金、少しはあったの忘れてたしぃ。使いきったけど」

僕に食べさせてどうするんだ。






 ぼんやり、縞を見つめる。
口のなかに、生クリーム、アイスクリーム、チョコバナナの味があふれる。

「お礼だーい」

縞は子供みたいな笑顔でにこにこ笑っていた。お礼のようだ。
どうして、そんなに笑顔で居られるのだろう。

「ど、どうも……?」

「さて、地図を買おうではないか」

「はい」

この人はきっと、悪い人じゃないのだろう。

少し、楽しい。






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