パンケーキ


『コースター(カレー)』投稿したやつ  1
2022.9.2 23:27
話題:創作小説







「どうしてその子を引き取ろうと思ったんだ?」


 僕が聞くと、穂始上縞は愉快そうに笑っていた。





  渡り鳥が鳴いている。
どこまでも青い空、白い雲、絵の具を溶かしたように街を取り囲む真っ青な海……
見慣れている住人たちには、それらはなんてことのない世界であり、時間が止まったように感じるのは、あくまでも観光客くらいだろう。
とにかく、そのくらい、ここは人工物と自然が共存する、のんびりした街だ。
そののんびりした街とは裏腹に、どこかのスーパーの倉庫を抜け、そこから細い路地に入りつつ、僕は走っていた。




道の途中で真っ白な猫に合う。
 獣は苦手だったけれど、獣のような人間にこれから会わないとならないと思うと、自然と声をかけてしまう。

でも彼女(推測)は黙ってこちらを一別してから、ブロック塀に座って顔をぐしぐしと擦り始める。
まあ、いいや。
猫だってどうでもいい人間に媚びないだろう。
諦めて灰色の塀の立ち並ぶ住宅街というか、コンクリートの世界を抜ける。
 やがて視界がぱあっと開けて、低い塀と、その向こうの青い海が広がって見えてきた。
そして、そこに立つ、ちょうど波の侵食を防ぐために大量に設置されてる四脚コンクリートブロックを背にして、それこそ彼女(推測、かつ、人間)の背中が見えてくる。

「あ、来たーぁ」

僕の足音が聞こえたのだろう。それはぼんやりと『居たの?』みたいなリアクションで、振り向いてからそいつは言った。わざとらしい棒読みな声で。

「遅かったねーっ!」


腰まである長い栗色?の髪と、それに不釣り合いなほど小さく隠れる顔、綺麗な瞳。


「俺を、待たせるとかいい度胸してんじゃーん」

僕は答えない。

「海みてるの? レイちゃん泳げないんだねー」

話を聞かないで海を見てたのがばれたらしい。
うるさい。
人間は水陸両用じゃないんだよ。
水泳の授業はあるけど。
僕が威嚇するようにしてると、そいつの白いスニーカーががらがらと石を蹴った。

この辺に排水溝はないので、道路に転がさない限りは安全に石蹴りできるだろうけど。



「パース」
子供っぽいところのある縞は、成人だと言うはずだろうにこの調子だ。
僕も、それはそうかもしれないが。
ボール(石)が左から僕の側へやってきたのでシュート。 僕はそれを前方へ蹴った。
ちゃぽんと音がして、水面の向こうへ消えていく。
「おうんごーる!!」
縞は不満そうに唇を尖らせていた。
僕はぼーっとしていた。

「どうしたの、ぼーっとしてさ」

「あ……いや」

とくに、どうしたわけでもなかった。
水、水、水、水、それに囲まれた世界はときどき僕をひどく、不安定な気分にさせる。
昔やった携帯のRPGみたいに、守護があったとしてもそれは変わらないだろう。ちゃんと地面に立たないと沈んでしまうような、漠然とした恐怖だ。





1.レイ(no.01)

その頃の僕は、なかなかうまく行かない就職活動に疲れていた。
 勉強をしたり、細々とバイトをしたり。
学校を中退したわけじゃない。いじめで外に出られなくなったわけでも。
 ただ、僕には人に言えないある『事情』がありしばらくろくに外の世界と関わっていなかったので、かなりズレた危ない人と思われているのかもしれなかった。
それはもはや対人レベルが、コミュニケーションというものですらなかったかもしれない。

 お昼にヤサイイタメ弁当でも買おうと、貯金を切り崩してつかんだ千円札をもって、自宅のそばの坂道の角を曲がる。
のだが。

「……?」

 その日は、いつものほぼ何もない道とは違い、何か横たわる物体を発見。
近づいてみるとどうも人類のそれだった。
色白、まつげが長くて服装は赤いジャージ。
運動部かな?

ただ、この服は、出掛けるにはダサい気がした。蛍光ピンクで花柄が中途半端にかかれているが、なんかアクセントの使い方を間違えている気がする。

 しかしそれを着こなすのが愛嬌のある顔立ちの少女(推定)。
なんだか背徳的だ。

気がつけば地面にしゃがみこんでいた。
「あの、大丈夫ですか」

中学生くらい……だろうか。大人かもしれない。彼女はなにも言わない。背中と右肩をみせつけるようにして眠っている。
すやすやと。
いくら人気のない昼間の平日とはいえ、変な人に捕まると危ない。
こいつが変な人だけど。
「こんなとこで寝てたら危ないですよ」

決意して大きめに声をかけると、数秒の間があって、その人物はゆっくりとみじろいだ。




そしていきなり起き上がると、飛びかかってくる。
「!?」
咄嗟手を付きながら地面に軽く頭をぶつけた。痛い。しかしそれより。

「えっと……」

見ず知らずのダサいジャージに押し倒される事案!

目の前のそいつは、長い髪を振り払って小さな顔をのぞかせ、丸い目で僕を見て、にいっと笑った。
「おはようございます!」 気楽そうな、ほわっとした気の抜けた声。
「は、はぁ……」
一応挨拶を返した僕。
「おわ。今何時ですか」
「今は14時くらいですが……あの、どいてください」
「今俺にどんくさいって」
「言ってませんっ」






「娘には会ったかい?」

「いえ……というか誰です?」

「娘の名前なら」

「俺か。あー、縞」

「こう、さん、ですか」


「そ。穂始上縞(ほしがみこう)。みがこうでも食べよでもない」

「余計混乱するんでそういうのいいです。なんで、こんなところに寝てたんですか」


「んだから、娘をさがしてたんだ。そして行き倒れ」

だから会ったか聞いたらしい。



 外面だけの男が、その子をストレスの捌け口にし続けて捕まって一人になったので引き取ったらしいが、いろいろあってまた見失ったらしい。

「でも今の話じゃ、見た目とかわかりませんから聞かれても」

「あ、そっかそれが先だよな」

「お弁当が先です」

この不思議な人類のことは一旦忘れよう、と目の前の道路を横断する。
袖を、つかまれた。

「まって」

「縞さん?」

「俺にも……めぐ、ん」

で、と力なく倒れた縞。

そういや、生きだおれてたんだっけ。








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