パンケーキ


マエノスベテ13
2022.8.23 22:09
話題:創作小説


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 このフロアの隅になぜかあるエセSFグッズが売っている区画(月っぽい石、とか、NASAが開発してそうなまな板とか)に行きたくなったが同時に、そんな場合でないこともわかっていた。現実逃避をしたくなる現実のなかに居ると、なんだか、こう、ふわふわと、漂うような、変な心地になるときがある。彼女を探してあちこち見回る。なかなか見つからない。さらわれたんだろうか、という考えが脳裏を掠めた。
目を離したのはぼくだ。悲しんでいる場合ではない。

「なぁ、なんで、わかったんだ?」
「あの男が此処に来ることか、いや、想定とは少し違っていたよ。マエノスベテが現れると思ったんだが――」
「……、何故、なにしに」
「デートを装おって、此処に、邪魔しに」
つまり、このデートはエサだったわけか。『何処からか』情報を掴む彼が、割り込んでくることを彼は想定した。

「さすが、通報も見越しているらしいな。彼はまず、下っ端に先に来させておき連絡を待ってからやってくる予定だったのかもしれないが、あんな騒いだから、たぶんもう来ないな」

通報を見越すって、どんな場数を踏んでいるんだ。

「監視カメラもハッキングかなにかされているだろうから」
2019/06/20 18:23




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 そんなミッキーマツモトみたいな真似してるのか……
「つまり僕らは監視から逃れられないということだ」

 監視して先回りされたらまずくないかという考えも浮かぶが、しかし今のところ、彼らは、直接は手出ししてこない。
回りくどく道を塞ぎ、回りくどく怒鳴り込むかピンポンダッシュくらいである。だから、せいぜい嫌がらせがメインだろうと言う気持ちもあった。
彼が携帯を取り出してかける。彼女に電話したのだろう。
ぼくも彼に近づき、耳をすませる。
「はい……」と微かな声がした。「今、2Fに居るんだけれど」

「あー、良かった、もう帰ったのかと、私は今、出てすぐの場所、外に居ます」

「まさか、さすがに連絡はするよ。それに誘っておいて、こんな真似はしない、今何かあったりしたかな?」

「やけに、女子高生が、近付いて来るんです……帰るにも帰れないし……なにこれ、顔写真でも配られてるんですか?」

 あいつが駐車場に向かうようにだとかの指示を出しているのだろう。

「怖い……、来ないで……さっきから、ぐるぐる、回っています、あちこちから人が」

落ち合えるだろうか。
少し心配になってきた。

「何か、建物とか、人を巻けそうな場所はないかな?」

「探してみます」

ぼくたちを孤立させてから、追い回す、狡猾だ。
周りをふと見ると、スマホを構えた人たちがぞろぞろ歩いていた。外に近づくにつれて。

モンスターGOをしている風だが、どこか嘘っぽい。


2019/06/20 18:49
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 外に出られるだろうかとは言う暇もなく出なくてはならない。覚悟を決めて、ダンスが未だにレボリューションするそばを潜り抜け、下へ急ぐ。
「さすがにこの建物の屋上は跳ぶのは危険だから、やりたくないよな」なんて思って、どうかそうならないよう願った。

「櫻さんは、トラウマを植え付けた、許されないこともしていた。謝罪は無いがそれを理由に、関わりたくないと断交する方法もある」

走っている横で、彼はふいにそんな話をした。
「ケガの功名、じゃないけど――きみだって、僕だって、外に出られなかったのは櫻さんのせいなんだから」

『櫻さんが居るから』
争いになりたくないから。
争うから。
櫻さんが奪うから。
櫻さんは――――

「もしも櫻さんが居なかったら、こんなことにならなかったし、周りなど気にせず、場所など選ばず、もう少し平穏に生きられたんじゃないかな。

櫻さんの居ない場所を探して、気を遣って、隠れるように生きてきたようなものじゃないか」

存在理由、経済価値、どちらの肩を持つだとかそんなものは無く、ただ櫻さんが住んで居ないからこの街に来たんだというのは確かにひとつの真実だったが。
「あと、敬之というやつだ。あいつも居ないからな。此処は」

彼は、櫻さんの公認の夫である男の名前を口にした。
彼とは――もちろんぼくとも忌々しいと思う名だ。
今でもどこかから、ぼくたちに貼りついているんじゃないかと思ってしまう。迷惑な男。

死ね。

「櫻さん次第というのは、確かに大きい。なんで、櫻さんなんだろうな。櫻さんが居なければ、逆にぼくらはどこに居たっていいわけだ」

櫻さんの居ない場所なら。
櫻さんにさえ、会わないなら。まるで、彼女にとっての
『マエノスベテ』だった。

「櫻さんがぼくに付きまとってネタにしていることは前にも言ったけどさ」

ぼくは、雨が降りそうな空を見上げた。

「彼女の処女作は、ぼくの殺された祖母をテーマにされてたよ」
ぼくは言う。細部は、彼女の憎悪と悪意で曲がってしまっているけれど。
ぐちゃぐちゃ、歪んでいく、世界。
「次の作は、ぼくの、壊された、世界を、テーマにされていたよ」
ぐにゃぐにゃ、歪んでいく。

「ぼくの、殺された、友人が、テーマになっていたよ」

ぐちゃぐちゃ、壊れて、乱されて、崩れていく。

「ぼくの、大事な人が、テーマになっていたし、
ぼくの、殺された、実姉が、テーマになっていたよ」

櫻さんにとって、ぼくの価値ってなんだろうか。生きているネタ帳に過ぎないんだろうか。

「――なんで、知ってるんだろうな。なんで、そんな作品を、創るんだろう」

身の上話は、うまく隠蔽しなくてはならないけれど。

だからこそ。
『だから』
言うことが出来ないからこそ。
2019/06/21 11:29
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 時おり人々のねちっこい視線は感じたもののどうにか店から出ると、駐輪場の近くが、ニコラ・プーサン『ディオニューソスの誕生』みたいになっていた。
「……うーん」

警備員に絡む、若者たちがたむろして出来た美しい光景だった。背後は丁度山がそびえているので尚更そう感じたのかもしれない。
彼女の姿は見えなかった。
マエノスベテを取り押さえるのは失敗だったが少なくとも、収穫はあった。写真を撮ったのは誰かという問題もありはしたが、ウシさんは彼らに協力を惜しまないことは見えてきた。

「こりゃあ、少なくともサンダースじゃあ、ないだろうね」

彼が、マニアックなことを言った。
「なるほど、プーサン的だ。確かに、これはプーサンだ……」

そして、続けて一人クスクス笑う。

「プーサンってちょっとシャフトっぽくないかな?」

「そうだろうか。それだと、逆だろ」

特に、意味のない会話だった。サンダースの話や革命をしている場合ではないのだが、正直、追っ手が尋常じゃないし、周りは駐車スペースで見張らしがいいが足場はないから逃げにくいし、混乱極まるばかりである。本当に、ぼくらも店の周りをぐるぐる回ることとなった。
彼女はどこに居るのだろう。

「あんな風に、計算と冷静さに線を引いて、図としての精密さが僕も憧れるところだよ」
「サンダースの話か?」
「どちらかというと、ニコラかな。ところでなんだが、僕は面白いことを常々考えたい性分なんだ」
「それで?」
「こういうときに、夜までに家に帰れなくなるっていうのは実に許しがたいんでね。

女装から聞いた情報である炒めチャーハンドラゴン部隊や、その周りについて考えを落ち着けようと思ったわけだよ。つまりこの街を乗っ取っているひとつであり、恐らくは櫻さんとも繋がっているからこそ、ウシさんはあのニュースを気にして、僕を気にしている。ここまでは分かるんだ、僕らはウシさんの怒りが何に由来するかを探して来た、きみにも薄々飲み込めてきただろう」
2019/06/22 12:31
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 ぼくらが何回目かに、ぐるぐると回っているときだった。
彼女が居た。
 屋根付きのすでに車でいっぱいな駐車場を『あえて』通っていたということに視点を変えたとき気がついた。

「確かに、すでに車でいっぱいだから、車や自転車には追えないし此処はカメラが囲んでいる。人の死角も作りやすい」

彼が納得しながら言った。
ぼくもそちらに向かう。
彼女の戦いにねぎらいを込めて手を振る。

助けてもらおうとか、こいつが居ればなんとかなるとか、自分の身を自分で守る考えがない人間は、此処じゃ生き延びられない。そういった他力本願には真っ先に失格の烙印を押される。しかし、彼女はぼくらを呼びはしたものの、それは自分で戦うためであって力にすがるためなんかじゃない。


――こんな相手は、ずいぶん久しぶりだ。

「ははっ」

笑みがこぼれてくる。

「きみは、いい人だね。気に入ったよ。
ぼくは人間を気に入ることはほとんどないんだ。みんなワガママで、自分の為に相手を食い潰すことを、平気で「友情」だの「恋人」だの、吐き気がするからね。きみは違うみたいだ」

彼女は、こちらに気がついて手を振りかえす。

「今言うのもなんだけど、
友達になってくれたら嬉しいな」


「私ですか? 勿論ですわ」

彼女は、少し額に汗をかきつつも、疲労にふらつきながらも前を見据えた笑顔で、うなずいた。

2019/06/22 13:04



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 三人でおせっかいおばさんの家を目指すこととなった。
着くまでの間、「男女間の友情ってあると思う?」
というテーマで議論がかわされた。
性別以前に人間との間の友情の問題だとぼくは常々考えているし、家で読むときがあるのは人外と仲良くする本が多かった。
「相手を、人間だと、対等だと認めていてやっと成り立つ議論だよね」
ぼくが言うと、彼はそれは言えるねと笑い、彼女は「性別と恋愛自体が、近頃の流行りではもはや関係無さそうですね」と言った。
「ロボットと付き合ってみたいな」
「おい、それは浮気になるぞ」
「浮気と不倫は、なにがどう違うのでしょう……?」
 あと、新作ゲームの話もした。
気になっているものは旅から帰り気がついたらみんな死んでいた主人公が、どう正気を保って旅を続けるかという話だった。
「それは、どうするんです?」
「なにかを売り歩くのかな? あらすじを見るとそんな感じみたいだけど、
表どうするんだろう。リッチになりすぎず程よく儲かる数値にしないと飽きてしまう、あの辺り苦手らしいけど」
「らしいよって」
「あー、あいつは、そうだな」
「友達。変なヤツだけど極悪でもないんだ」
彼女が首を傾げたり、彼が適当な相づちを打ったり。
「とりあえず、ギャンブル性のあるミニゲームとか、やたら高いアイテムでどうにかするのが定石じゃないかな」
「うーん、なかなか儲からないシステムの方がよくないか」
「現実においては飽きるとか言う場合じゃないですね」
「ゲームとの違いだな」
2019/06/23 22:17「数値というと、敵に対しても言えるかな」

と彼は言う。
ちなみにぼくらは傘をさして歩いている。
さほど雨は降っていないのだが、モンスターGOのフリをする集団が、先ほどからあちこちに待ち伏せて撮影をしようとしているのだった。
芸能人か。パパラッチですか、と突っ込んでもどうにもならない。

「あぁ、敵は少し強いくらいが良いけど強すぎても倒せないからね……」

本当こんな話をする場合ではないかもしれないけど、仕方がない場合もあるかもしれない。

「むしろ、倒す必要はあるんだろうか?」

「交渉と、エサ、どちら派?」

「眠らせる派かな」

「仲間にするの大体リードとかつけないけど逆にすごいですよね、犬はつけてますし」

「そう、多頭飼いしてても、あまり怖がられないよね」

「リードとか首輪は、やはり、犬が犬たるゆえんじゃないだろうか」
 なんて話をしながら、角を曲がる。たしか、ええと、ぼくらの家より少し奥だから……
と脳内に地図を広げる。

「実際こいつらなんなんだ? 一日にベンツを3台続けて見たぞ、こんな田舎で!」

彼があきれたようにちらっと横からついてくる車について言う。

「あいつらじゃね?」
「え、まじ、いんの?」

誰かがまるでぼくらについて言いふらしているかのような言葉が、背後からボソボソ聞こえる。さりげなく、そちらをうかがうと、傘の下からでも、コミケで有名、らしい人気フリーゲームの派手なバッグを持つ姿を確認した。一人はヲタクらしい。
「……」

改めて言うが、人がまばらな田舎においてあまりアニメやゲームグッズを身に纏う人間はそう居ない。高齢者が多いからでもあるし、単に店が少ないからでもある。つい最近になってアニメショップがぽつぽつ増えてきはしたが、派手な装いで来るやつは大半都会帰りと未だ相場がおよそ決まっている。
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 つきまとうならカメラを起動してみようかと彼が携帯を出して見る。電源が入るとたん、付きまとう歩行者は一斉に自分のスマホを見た。
このタイミングの良さ!
間違いなく、これは、なにかしらの情報を共有している。

「社長がさー」

「俺も、具体的には聞いてないんだよな、こうしろってだけで」

時折、若者の口からは、たびたび社長という言葉がこぼれていた。ぼくたちは人を巻きやすい場所を求めて一旦あちこち走り回った。

携帯は電源を一旦切るしかない。
こんなのが毎日続くと、ぱったりと音信不通になってしまうのでかなり不思議な人物になってしまいそうだが――

「社長?」

ぼくが隣にいる彼女に確認をとると、彼女は苦笑いのような半泣きのような表情で言う。

「はぁ、私も、よくは知らないんですが、マエノスベテは、社長だそうで」

「どんな会社だ、うわっ」

三人、走り回っていた途中、緑川☆印刷のトラックがぼくらの前方、狭い路地でわざわざ横にとまる。

「塞がれた!」

彼が叫ぶ。ぼくらはどうにか引き返すとまた走り出す。
なんだ、これ、どうなっているんだ?困惑するなかで脳裏に浮かぶものがあった。

「あの男。

SNSの――アイコンがあった。待ち受けに。Twitterのものだった」

最近SNSでいろんな事件があったとニュースになっていたばかりだ。半グレ集団が、SNSで集会を呼び掛ける話や、麻薬を売る人が、販売を持ちかける話、自殺志願者を募る話。
「確かにSNSで、僕らについて共有していた可能性はあるな」
「近くに交番がある。そばを通ろう」
ぼくと彼はそう言い合った。
彼女が「あの男?」という顔をしていたが今は説明する場合じゃない。此処は戦場だ。
2019/06/24 10:56










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 それからはしばらく、ばたばたと、走り回って、ただひたすらに走り回った。
交番は人が居なかったが、指名手配犯の写真がいろいろと貼られていた。
マエノスベテは、載っていないが……

 遠回りしていては目的地につけないので妥協はある程度必要で、途中からは覚悟を決めて進む。おばさんの家のある通りに近づきあとは此処を上ってというところで、ふと壁を見るとその白い壁にはなにか絵が描いてあった。

『猫』だった。たぶん、猫だろう。人のような、猫のような。そして猫は、一人に同化しかけるような曖昧な二人の人間……双子だろうか? に指をさしている。 真ん中には、魚。

「……なんか、不思議な気分になる絵だね。マツモトキヨシが、1932年に松本清が立てたマツモト薬舗を1975年にマツモトキヨシにしたという話を思い出したよ――フルネームになってしまった経緯はよく知らないけど」

「例えがよくわからないよ、絵鈴唯」

「それを知ったときは、幼心に少し安心したものだよ、マツモトキヨシに関わっていたのが、松本清って人でね。名前に反して田中とかだったら少し、驚くだろうからな」

彼の幼心は、複雑だった。
名前や製品と、本体とが一致しないということは現代に、いや、昔からそう珍しくはない。
みんな心のどこかに、漠然と疑念に似たものを持っているんじゃないだろうか。
本を読みながら、テレビを見ながら。
これは、正しいのだろうかと、考えたことのない人はそういないだろう。




「そういうことか……」

ぼくは、少し、笑った。彼女は後ろを向いて追っ手を確認していた。彼は、ポケットから出したコンニャクゼリーを見つめる。やがて、ゼリーをポケットから戻した彼は、
ある一軒屋にずかずかと向かいためらわずにインターホンを押した。2019/06/24 19:08
きい、とドアが開くとおせっかいおばさんが、不機嫌そうに現れた。



「こんにちは」
ぼくらが挨拶したとき、対峙したそのとき、おばさんはまっすぐ指を伸ばして目を丸くした。ぼくらには目もくれずに彼女を指差す。
「田中さんとは、うまくいってるの?」
「――田中さんから、そう聞いて居ますか?」

彼女は一歩前に出て、そして表情を変えなかった。
2019/06/24 19:08


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