パンケーキ
マエノスベテ12
2022.8.23
00:54
話題:創作小説
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マエノスベテが怒らない、
彼女の家に居ても、暴動が
起きない男――
「……が、なぜ女装」
目の前で、顔を真っ赤にする男は叫んだ。
「あいつにやらされたんだ!あいつのいる、炒めドラゴンチャーハン部隊は、男しか入れない! 協力者も、男でなきゃならなかった!」
「あの悪名高いチンピラ集団か……名前しか知らないが、確かにバレたらまともなら女性なら集まらなさそうだな」
「あいつは相当独占欲が強い。俺様の物は俺様のものってやつだ! 下っ端の俺が、昔あいつと義理の兄弟だと知ると、理由を付けて中に入らせ、男物のものが無いか、日記に余計なことが書いてないか、逐一報告させていた。
……そのうち――なんていうか、愛着が沸いて、さ」
ムードが、穏やかなものに変わる。ぽっと恥ずかしそうに頬を染めた。
「はあ?」
彼があきれる声。
「いや、なんか、俺が、このまま、アイツになれば、よくね? とか……
いや、ダメだそんなの、とか、思ってたときに、奴は囁いた。「なれるなら、お前を代わりにしてやる。相応しいか試してやるから、一度女装して飯でも食べに行かないか。うまくやれたら――」 」
2019/06/18 12:39
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「なるほど、それを写真に利用されたようだ」
彼が、冷静にうなずく中、男は惨めだと嘆くように、まだ紅潮している顔と、赤くなった目でぼくらを睨んだ。
「せめて、金さえ……安くても数千は貰えたはずなんだ、うまく、やれていたら、ラーメン屋じゃバレなかったってのに」
大体理解した気がしたので、彼女が居なくなったことを、ぼくは彼に耳打ちした。
「それは大変。追いかけなくては。コレも引っ張っていこうか。悪名高いだけあって、警察に引き渡すってのが正しいだろうけれど」
彼はポケットから男の携帯電話を取り上げる。電源は入っており、都合良くもロックは解除されたばかりという状態だった。着信履歴にある番号をさっさと記憶した彼は、すぐに鞄から出したメモ帳へとメモする。
「うむ、どれかが、マエノスベテのものか……なになにー、タチバナ、クチヤマ、ヤモト……」
電話帳に登録してあると横に名前が出るので、それを読み上げていた。
「この、立場名わわ子には連続で二回かけているね――誰かな」
「誰が教えるか、大体、偽名かどうかも怪しいのに」
「クチヤマ智夫、これは?」
「話を聞け!」
「あ」
――櫻って名前もあった。
ぼくは、彼を押さえつつ発見する。
男の名前だけで見れば、最初の方に上がった智夫が怪しげだったが、別用の可能性もある。
先週の金曜日まで遡ると、彼は携帯をまた捩じ込んだ。
「あいつはすぐ携帯を変えるから、繋がると思うなよ」
「なるほど、頻繁に契約変更しに来るやつをマークできるよう言っておくよ」
「言うって、誰に――」
「きみが知る必要はない」
彼は呆れながら男を立ち上がらせる。
――まあ、もっとも、バイトを雇うくらいわけないのだろうけれど。とは誰も言わなかった。
2019/06/19 14:19
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だけど、彼女の立場は、どうなのだろうか?
前にも後ろにも進めないということじゃないか。
女装がソレを成し遂げたところで、成し遂げられないところで、マエノスベテのために強引に閉じ込められ感情が無くなり、今度はその檻から出たところで居場所すら欠片もない。
内側ではウシさんが妬み余計に彼女を迫害し、外側では彼女の立場を他人が持っていく。
義理の兄弟であるなら、ますます、彼女は末として蹴落とされるだろう。
やっぱり、人間は最悪だな。
最低だ。ぼくの方が感情移入してしまいそうだった。
「こんなことが……こんなひどいことがあっていいのか」
なぜ『よりによって』、コイツでなければならないのだろう。そうでさえなければ、せめてもの救いが得られたかもしれないのに。こういう時縦社会は、残酷に降りかかることくらい、こんな街に居ながら理解出来ない頭の人間なのだろうか。
ぼくはさりげなくポケットの中に持っていた小型のレコーダーの起動を確認する。
こんな物騒な生活のせいで常に持っているもので、小さいが5、6時間くらいは働いてくれるものだ。
2019/06/19 15:03
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レコーダーが問題なく動作していたのを確認すると、男を警備員に引き渡してぼくらは下へと向かった。
「平気だったか?」
「僕は平気だが、こちらの台詞だ」
「この辺りの店、支配されてるみたいだよ、少し危なかった」
「やはりそうか……」
向かう間エスカレーターの中でそんな会話をする。
本当に彼女はどうしているだろう。
壁に、ドラッグストアの開店セールのチラシが貼られていた。「明日は、今流行りの賢くなる入浴剤がお安くなります!」
そういえば一昔前に、賢くなるシリーズが流行ったものだ。頭脳パンとか、DHAジュースとか、なんか怪しげなヘッドギアとか。魚を食べると頭が良くなるという宣伝も流行ってたな。
まだこんなのあるのか……
この店はたまによくわからないものを売っており、新しいのか古いのか、なんだかいまいち境目がわからない感じが逆にぼくには魅惑的で好きだったりする。
「頭がよくなるかな?」
チラシが目に入るついでに、彼に話題を振ってみる。
「さあ? 勉強したほうが、早いと思うけど」
彼はしれっとしていた。
確かに。
時代は、変わる。なんだか、ついていけてないような気もする。
放送していいのかと疑問を感じざるを得ないオカルト番組が夕方頃にやっていたり、グロいフラッシュアニメが流行っていたことを、きっと今の小学生は知らないだろう。
2019/06/20 18:09
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