パンケーキ


マエノスベテ8
2022.8.23 00:29
話題:創作小説
estar.jpより。findにも載せて居たもの。※盗作が多いので日付をページごとに入れています※



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 彼は呆れたように呟くと新聞から目を離し、先へと進んでいく。
 櫻さんのついた大嘘(ぼくに好意があるとか)の招いている惨事が世間を賑わせていることについて、深く語る時間はないわけだが、少なくとも周りの上に立つような存在なのだから、
その背後全てがその気持ちを受け入れておらず、
それが社会的に僕が否定されるのに拍車をかけていること、さすがに無視するのも限界がある。

「あ、まさか、復讐?」

なるほど、だったら頷ける。
好意のフリをして、ぼくから周囲を引き剥がし敵対させるため。巧妙な罠。
自分はなに食わぬ顔をして、恋するオトメを演じているだけでいい。
その裏で政治家や宗教団体が何をしようが自分は知ったことではないし、好意を断ればそれを理由にぼくを貶めることが出来る。




――おはよう!
私、お花は苦手……
待ってて、今、魚触って手に臭いがついちゃったから、少し手に香料きつい香水をつけてくるね。



思わず呑気な声音を思い出し身震いした。少し開けた場所に来た辺りで
電話かけるから携帯を貸してと言われて貸したあと彼はすぐにその場でかけはじめた。
2019/06/06 09:29




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 電話が終わってからも彼は夜までに帰れるだろうか、と改めて心配していた。


 ――安心して欲しい、このときの話は語るとそんなに長くはない。
 ぼくは今現在進行形で誰からも相手にされないので、書くのは気楽に書いていられるし、これをネタにしようものならそれこそ作家は捕まるだろうけれど。そう、ぼくは今こうして書いている。
作家が嫌いだからこそ自らの手によって。読むのは苦手だし多数の著書に興味などないのだから物語にはならないかもしれないが、チラシの裏くらいの気晴らしにはなるといいなと思う。
 一部作家と違い、他人の存在をネタ探しに無理矢理利用しなきゃできないよりはほとんどの影響は日常生活に受けているところが違いだから、「作品」風に整わない部分があるかもしれないことは先に記しておく。
残念だが商品にするために媚び媚び整えたものではないからだ。



「彼女は、無事外に出られそうらしい。映画館にどうにか時間通りにこられるようにすると言っていたよ」

彼が携帯を閉じて、苦笑いをし、ぼくは、そりゃよかったと答え、そのあとも二人、いろいろと会話をしつつ歩いた。
やがて少し進んだ後、無事巻いたらしい背後を見る。

「よし今のところは、ここに彼らはいないな」
と、確かめて安堵する。

『彼ら』は、よほどでなければ、店や住宅街の敷地には入ることができないのだ。
目立ってしまうし、なにより、迷惑だからなのだろうか。
車は、幅の問題もあるがとにかくこんな風に、マンションや店があちこちにある狭い路地はなかなか追えない。

追われてはいても、安全な場所が完全にゼロではないのだった。

「まぁ、バイト歩行兵が居るようだけどね」

彼が、ぼくの肩を小さくつつく。何かを見はる人の目は、通常の人の眼よりも静止時間が長い。店の中には居るだろうし、それから……
マンションの影から人が歩いてくるかもしれない。
車が入りにくい場所、または、入っても逆に相手が不利になるだけの場所をうまく通らなくてはならない。

「ただ出掛けるだけで、こんなに労力を使う日が来るなんて。散歩が日課の小さい頃はまさか思いもしなかったよ」
2019/06/08 10:46
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「さすが『いつもより』しつこいな」

元々、目の敵にされている人たちから追い回される身としては、ちょっと人が増えた、くらいなもんだと思いたいのが本心だが、やはり、ちょっとにしても。
いや、ちょっとじゃないこれは目立ちすぎ。こんなに目立ち過ぎるような尾行も、サイレンもおかしい。未体験な域で、立ち止まると足が震えてきそうになる。

 実をいうとこんなだから、ただでさえ出版社に苦情を言いに乗り込むのも一苦労。
ちょっとの先まで辿り着けるかも危ういのに、「そんなに文句があるなら自分から来てくれたまえ」なんて言うヤツもいる。

さてどうする?
前方を見ているとおもむろに店から出てくる老人が携帯を取り出した。

「あのぅ。先週の『帽子』、オーダーしたものですが……」

一見何気ない会話だが、視線はこちらに向いていたのをぼくらは見逃していなかった。
帽子はぼくのことだろう。
恐らく事前にそれらしいワードが決まっており、どこか事務所にでも通じている。

「ほら報告始まったよ。一旦隠れよう」

彼に言われるまま手近にあったビルの間に潜り込む。
行き止まりにならないように行かないと。

「二手にわかれるか?」

「いや、それは止めておこう、代わりに」

頭上を指差される。
ま、まさか。

「安心してほしいかな。上はトタンじゃないようなんだ」


――彼はにこっと笑った。
2019/06/08 12:04


70
 ま……しょうがないか。
壁を蹴ってコンクリートの屋根に飛び移る。
あっという間に、街が少し見下ろせるようになった。
「ふいー、到着」

 元気が有り余っていた頃、ぼくは今ではスポーツにもなってる、屋根を伝いビルとビルの間を飛び回る遊びを、趣味の範囲でやっていた。死なない高さの飛び降りや移動はぼくにはリストカットよりも気軽な自傷。
彼もやがて少しぎこちなく後を追ってきた。

「本当きみは、身軽だね」

「褒めてもなにも出ないよ、さて、靴紐は結んである? ポケットの中に飛び出そうなものが無い? 裾は平気か?」

 いつもの癖の確認をするぼくに彼は平気だと言った。

前方のコースは極めて初心者向けの高さでさほど距離に不安はなさそうだ。僅かな水溜まりがあるがあの範囲なら支障がないだろう。下を見る。
今のところ、人は居ない。まずぼくが先に跳んだ。
下を見る。
前方、少し進んだ先で車の配置が始まっているが、まだ後方に至ってはぼくらを見失い追い付いてないみたいだ。
ちょうどここから右に二つ曲がって隣のビルから降りると、ほぼ人が待機していない、店の駐車場がある。

ぼくは彼に小さく合図しながら、先へ進んだ。
やがて彼も後を追ってくる。
なんだか、懐かしいななんて思った。身体が風になったみたいだ、なんだか自由になったみたい。それはほんの束の間だけど。

2019/06/09 00:06


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