どうして、ここに。

今、柳々瀬じゃなかったのか?



突然現れた白いスーツの彼を見て一瞬何事かと思った。

もう会いたくないという思いと、嘘であってほしいという思い、これ以上関わりたくないという思い、もっと近くに来てほしいという思い。
色んな相反する感情が交錯して、わけが分からない。

ていうか、クソガキって何だ?俺の事?

じゃあ、あんたは何なんだよ。

「…何だよ…女ったらし。」


強がって言った一言。

本当は、こんな事か言いたいんじゃないのに。


俺はいつもそうだ。

強がって、本心を言えない。
俺は…

「そーだ。俺はタラシなホストだよ。…ワリぃかよ…臆病者。」




そう吐き捨てると、ギンジさんは部室にあったバットを取り、俺の方を睨んだ。
鷹が獲物を狩るような、鋭い目つきで。

そのあまりの凄みに身が震えた。
そして、図星を突かれて心までもが震える。

そうだ、あの人の言うとおりだ。

でも、強がった心が、またもや本心を隠して口から飛び出す。

「おっ…臆病なんかじゃねーよ!!」





違う、言われた通りだ。俺は臆病者だ。

ルークには強がって兄貴面して、弱いところを見せるのが自分にとっての恥と信じて疑わなかった。
そして、そんな弱みをさらけ出させてしまうギンジさんが怖かった。
なぜか彼の前には、強がりなんて無意味な事になってしまう。

動揺しつつも、ギンジさんから目が離せない。
ゆっくりとこっちに近づきながら、発せられた言葉をぼんやりと聞いた。

「まあ、俺もこの熱血ヤローの事を好きになっちまったからには、俺もそうなるって決めたよ。…ホスト辞めてきた。この携帯ももう必要ねー…」


え?

今…なんて言った?


辞めた?

何を?

え…?今、何した?

携帯…捨てたよな?


そんなことしたら雨で水没して、使い物にならないだろ?
何してるんだ、この人…?
それ、商売道具じゃねーのかよ!?

何それ?俺の為とでも言いたいのかよ?

そんな事されたって…俺はもう。





俺はもう…何だ?

ギンジさんへの思いは忘れた?

…本当に?



ギンジさんの動きを目で追う。ゆっくりとバッターボックスに入る。

何を言うかと思ったら、投球しろと。
お前の球なんて軽く打ってやると。


舐めてる。打てるわけない。

でも、我を忘れて投げた球は、快音と共に消えて行った。




その音と共に、今まで築き上げてきた偽りの城が、ガラガラと音を立てて崩れていった。










…やっぱり、ギンジさんが好きだ。

どんなに隠したって無駄だ。

彼の前では、全てが暴かれてしまう。

だから…そんな彼だから、俺は好きになったんだ。


あの何事にも揺るがない自信たっぷりな彼の前では、いくら強がっても無駄だ。
そしてきっと、俺が気付くより先に、俺の気持ちに気付いていたんだろう。

俺は泣き崩れた。

高3にもなって、こんな人前で。

そして、こんなダサい俺も全て受け入れてくれた、ギンジさん。


携帯まで捨てて、自分の地位も捨てて、スーツも泥だらけにして。
俺が欲しいと言ってくる。
こんな、馬鹿な俺を。


そして、優しく微笑まれて…まるでスローモーションのようにキスされた。