タクシーに乗って、ギンジさんのマンションまで、二人で帰った。

のってる間は無言だった。でも、心地のいい無言。

よく喋るギンジさんが口を開かないことなんて今までになかった。
それでも、心地が良かった。


色々な事があった。

不安になったり嫌になったり認めたくなかったり。

こんな複雑な気持ちになったのは、生まれて初めてかもしれない。
そして、悩むことの素晴らしさを知ったと思う。
それは、この人のおかげだってことも。


学校からマンションまでは車でせいぜい15分だ。
到着してタクシーから降り、マンションを見上げる。
見上げれば見上げるほど、その高さに圧倒される。

ぼーっと見上げてると、右手に温かさを感じた。

ギンジさんが俺の手を取っている。


「いこか?」


緊張した。


俺がギンジさんを好きと意識してから、初めての訪問だ。

でも、ギンジさんの手が温かくて、自然とその緊張は解れていった。


「眺めはいいんだけどな〜、エレベーターに乗ってる時間がながいんだよな、ここ。」

部屋に入ると、ギンジさんは服を脱ぎ棄て、あっけに取られてる間に裸に近い状態になった。

「ちょ、ちょっと…!」

「アッシュも服脱げよ。風邪ひくぞ?先にシャワー使っていいぜ。」

焦る俺と対照的に、何も動じずに落ち着きはらったギンジさんは、そう言いながら冷蔵庫の扉を開けた。

「タオルと着るモンは用意しとくから。先入りな?」

そう優しく微笑みながら、冷蔵庫から取り出したビールの缶を開けた。


シャワーを浴びて出ると、タオルとTシャツとシャージが置いてあった。
俺より体格のいいギンジさんの私物だから、当然ぶかぶかだった。

ちょっと恥ずかしいけれどバスルームから出ると、ギンジさんが俺の方を見て、疲れてるんだし先寝ててもいいぞ、と言いながら俺と入れ違いでバスルームに入って行った。



俺は正直緊張でガチガチなのに。

こんなにも落ち着いていて、やっぱり大人の余裕を感じる。

正直、疲れていようがこんな状態で眠れるハズがない。

変な想像ばかりが脳を支配して、アドレナリン絶賛分泌中だってのに。


くそ柔らかいソファに座りながらスイッチの入れられたままのテレビを見て、ギンジさんを待った。


シャワーから出てきたギンジさんは、俺を見てまだ寝てねーのかとか言いながら近づいてきた。

やべえ、めっちゃ緊張するんだけど…。


こ、これから大人の世界ってやつなのか?

俺、初めてなんだけど変なことしないかな?

ちゅーか無理!
無理無理〜〜!!!


いやらしい妄想ばかりが膨らんで、自分でも分かるくらいに、顔が真っ赤だ。

目を閉じて変な妄想してたら、ソファにギンジさんの座った重力を感じた。


「疲れすぎで眠れないか?これ、一緒に飲もうぜ?」

「…え?」

俺の隣に座ったギンジさんが手にしていたものは、金色のラベルの付いたシャンパンのボトルだった。
テーブルには、シャンパングラスが二つ。

おもむろにシャンパンのコルクを抜くと、慣れた手つきでグラスにシャンパンを注いでゆく。
ピンク色の液体が、細かい泡を立てながらグラスに踊っていた。

俺に片方のグラスを渡すと、ギンジさんは立ち上がった。
そしてやたらハイテンションに大声を上げた。


「俺とアッシュの遂に結ばれちゃいました★祭り〜〜〜!!!」

「え?え?何!!??」

「俺とアッシュのラブラブな未来を祝って乾杯〜〜!」

そう言ってギンジさんが戸惑う俺の手を取り、グラスを合わせると、カーンと小気味のいい音が鳴り響いた。

「ほら〜、アッシュ、コールコール!!」

「え?コールって何!!??」

「あ、そっか。盛り上げようと思ったけどやっぱやめやめ。俺ホスト辞めたんだった」

どうやらホストクラブの乗りで盛り上げようとしていたらしい。

「さ、今日は無礼講だからぐっと行っちゃえよ〜アッシュ。」

ぐっと行けって言われても、俺未成年なんだけど…。まあ、この乗りは今に始まった事じゃないが。


正直おいしいと思わなかったけど、ギンジさんの用意してるものなんだから安物の訳がない。
なんだかもったいないと思ってしまい、注がれた分を全部飲みきった。

「お〜、やっぱおまえ酒強いんじゃね?これ、飲みなれてなきゃ一発で酔っちまうぞ?」

はは、と笑いながらギンジさんもグラスを口にした。

「そんなに強いの?これ?」

「いや〜、シャンパンは酔いやすいんだよ。甘くて飲みやすいから、つい飲み過ぎてるってのが理由だと思うけどな。」

そのシャンパンもさぞかしギンジさんは飲みなれてるんだろう。
ギンジさんがホストだったという事実が、嫌でも思い出された。

「でも、もうシャンパン飲むことも滅多に無いだろうな…。これさ、アッシュと付き合えた暁に一緒に飲もうと思って買ってあったやつなんだ。だから、これで最後。」

「ギンジさん…。」


俺の為にホストを辞めたギンジさん。

今まで、当たり前だったものを自分から遠ざけるということ。

嬉しくてそこまで考えが及ばなかったが、これって並大抵な事じゃない。
もし、ギンジさんが俺に野球をやめろと言ったら俺は素直に止められるだろうか。

俺は、嬉しい一方、もしかしたら大変な事をしてしまったんじゃないかと、少し不安になった。


「…でもさ。ホストやってた事がアッシュにばれて、よかったと思ってるよ。」

「…?」


その続きが聞きたくて、俺は黙って聞いていた。

「もちろんバレたからこそこうやって今一緒に居るってのもあるけどさ。ホストであったギンジが居たからこそ、今の俺なんだ。今の俺がいるのはホストやってたからだし、やってなかったらアッシュを好きになることもなかったかもしんねぇ。」

「ギンジさん…。」

「もし、ホストだったことがばれずにお前と付き合えたとしても、俺は多分言ってたと思うな。『俺の正体はこんなんだけど、これでも好きで居てくれるか』って。『今まで見てきた俺も、ホストの俺も俺なんだ』って。」


ギンジさんは、見ためも派手で性格も豪快だけど。

こういう、性根が生真面目なところがある。

俺は、このギャップにやられたんだと思う。



…好きだ。


ヤベーくらい好きだ。

俺、この人を好きになったこと、間違ってない。


そう、思った。



結局シャンパンを二人で全部開けた。

もちろん、俺は酔い潰れていつの間にか寝てしまっていた。

ギンジさんの胸の中で。

今まで感じたことのない幸せに包まれながら。