2014-3-12 23:38
「泣き虫はいつか蝶になる」
これは私の座右の銘()です。
でも、ここ1年はこの言葉の存在をすっかり忘れていました。
元彼さんに言われて存在を思い出しました。
元々この言葉は、泣きながら強くなりたいとよく嘆いていた私にとある人がくれた言葉でした。
確か当時私は中学生でした。
毎日がイヤでイヤで、死にたくて死にたくて仕方ありませんでした。
出る杭は打たれるのです。
生きているのが辛くて、感情を抑え込み、道化師になろうと頑張っていました。
道化の仮面を被り、人と足並みを揃えねば生きられない世界でした。
けれど、ネットの世界では仮面を被らずとも生きていけました。
ネットの世界は、私にとって私を出せる唯一の場所であり、救いでありました。
そんな時にネットの世界で出会った人でした。
彼は私の大切な人の1人であり、私にたくさんの言葉をくれたり、いろいろなことを教えてくれた人でした。
不思議と彼の言葉は私の中にすっと入ってきて、馴染みました。
彼の言葉、考え方で生きるようになりました。
高校生になると、中学生の時よりかは楽になりました。
回数は減りましたが、相変わらず布団の中ではよく泣きました。
その度に強くなるのだと、さなぎになって蝶になるのだと思いました。
2年生の頃に、道化師の仮面を少し外しました。
とても楽しく、弱虫から蛹になれた気がしました。
3年生の頃に、仮面を外してはいけないことを思い知らされました。
蛹になりかけた弱虫はもう一度弱虫に戻り、また道化師の仮面を被り生きねばなりませんでした。
大学生になり、道化師の仮面を外すことを決意し、実行しました。
そろそろ蝶にならねばなりません。
もう流石に足並みを揃えねばならない世界ではないだろうと思ったのです。
ですが、その読みは外れました。
田舎の小さな大学で、少人数の学科では、まだ足並みを揃えねばならぬ世界でした。
1度挫折し、もう1度頑張りましたが、やはり無理でした。
たくさん泣きました。何もしていないのに涙は流れます。
朝起きて、ぼぉーとしていると涙が溢れて流れてゆきました。
去年の後期、大学から逃げ出しました。
ですが、バイト先では一定の距離があるからなのか、仮面を外す練習ができました。
マスターも社長さんも仮面を外しても優しくしてくれました。
ネット世界の他にも、新しく救いの場ができました。
今年に入ってからもたくさん泣きました。
逃げ出しても辛いことに変わりはありませんでした。
辛い中でたくさんの人に出会い、仮面を外して生きるコツを教えてもらいました。
半年かけて、なんとか蛹にまで戻ることができました。
4月から大学に戻ります。
この半年、逃げ出してみて良かったのかもしれません。
長い長い繭の時間は終わりです。
もう1度、蝶になるために頑張ります。