今日はやたらと、花をもらう。
フィアはそう思いながら、自身の腕の中を見た。
そこには既に、花の種類も大きさも数もばらばらな花たちが抱えられていた。
***
朝、食堂にいくのと同時に駆け寄ってきたのは、フィアの親友である白髪の少年……アルだった。
彼は嬉しそうに笑って、小さな花束を差し出した。
「誕生日おめでとう、フィア!」
そういって彼がくれたのは、小さな白い花の花束だった。
白い花弁に黄色の中心。
まるで、アルのような色の花。
「ノースポールっていうんだ。
今日の朝咲いた綺麗なのを摘んできたんだ」
照れくさそうに、彼は言った。
驚いたように瞬く彼を見て、アルははにかんだように言う。
「フィア、前に言ってたでしょう?
プレゼントに貰うなら、花が良いって」
そういわれて、思いだす。
以前、ちょっとした雑談の中で話した、"欲しいもの"。
フィアは何が欲しいの、と問われて、少し悩んだ末に花だと答えた。
宝石や装飾品には興味がない。
武器にも困っていない。
文房具も自分で買いそろえるし、本なども自分で見て選ぶ方が好きだ。
そうなったときふと思い浮かんだのが、花だったのだ。
幼い頃は、よく憧れたものだ。
たくさんの花に囲まれた生活。
或いは、有名な歌手になって大きな花束をもらう自分の姿。
……流石に気恥ずかしくて、後者の夢を語りはしなかったが、"花が好きなんだ"とフィアはいった。
案外と可愛いことを言うなと赤髪の騎士に笑われて、彼を小突いたのを覚えている。
今思えば、誕生日が近い自分への探り入れのつもりだったのかもしれないなと思う。
そして、照れたように笑いながら、フィアは親友に言う。
「有り難う、アル。とても嬉しい」
小さな花束は、まるでアル本人のようだ。
小さくて可愛らしく、けれども確かに香る、愛らしい花。
これを贈り物として渡されるのは、嬉しい。
「今日一日、フィアにとって楽しいものになりますように!」
そういって微笑む彼の頭を撫でて、フィアは青の目を細めたのだった。
***
食堂を出て、少しいった所で出会ったのは、パートナーであるシスト。
彼も、いつものように笑って挨拶をした後、"誕生日おめでとう"と微笑んだ。
「これ、俺からのプレゼントな」
そういってシストが差し出したのは、小さな花籠。
小さなバスケットにはいった、赤い花。
「カランコエ、だったか」
綺麗だな、といってフィアは小さな花弁の一つを撫でる。
シストはふっと笑って、言った。
「あぁ。一応鉢植えになってるから暫くは楽しめると思う」
「これ、買ってきたのか?」
わざわざ、とフィアが言えばシストは少し頬を染めて、ついとそっぽを向く。
「……俺だって任務以外で花を買う機会なんて早々ないよ。
でも、アルからフィアは花が好きだ、って聞いてたからな」
どうせなら、欲しいものの方が嬉しいだろう?
そうシストは言う。
それを聞いて、フィアはくすくすと笑った。
シストは存外、シャイな方だ。
そんな彼が、こんな見るからに贈り物といった感じの花を買うのはきっと、気恥ずかしかっただろう。
しかし、そうまでして自分の誕生日を祝ってくれるというのは、嬉しかった。
「あ、先越された!」
そんな賑やかな声が、後ろから響く。
それは、アネットの声。
彼の手にも、花が抱えられていた。
「まぁ中庭でちょっともらってきたんだがな!」
そういって笑いながら、アネットが差し出したのはコスモスの花束。
白とオレンジの花がまだらに束ねられたそれは、なんともアネットらしい。
「有り難う。お前らしいなこれ」
花束というにはあまりに粗野で、けれども何とか喜ばせようと、フィアが欲しいといっていたものを贈る。
一応そうした気遣いはあったのだなとフィアが言えば、アネットは少し拗ねたように唇を尖らせた。
そんな彼の姿を見て、シストと一緒に一頻り笑い、フィアは彼に言った。
「冗談だ、うれしいことに違いはない」
まだ少し土の香りを纏ったような、コスモス。
それを、アルに貰った小さな花束をつぶさないように抱えて、フィアは彼らに礼を言う。
そして、一度自分の部屋にそれをもって帰ろう、と思ったのだった。
***
それからも、様々な花を手渡された。
クオンからは手品がてらに小さなパンジーの花を。
アンバーには"こういうプレゼントも良いでしょう?"と鉢植えのポインセチアを。
アレクも"こういうのは苦手なんだ"と苦笑いしながら、アネットと同じくコスモスを。
そしてジェイドからは、"陛下と一緒に研究して作ったのですよ"と蒼い薔薇の花束を。
「……流石に少し、照れるなこれは」
花で囲まれた、自分の部屋。
まるで、"女の子"のような部屋に、少し気恥ずかしくなる。
けれども自然と、口元は緩んでしまっていた。
騎士である自分にとって花は、贈るものだと思っていた。
だからこそ、こうして贈られるのは少し照れくさく、同時に幸福で。
と、そのとき。
ドアがノックもなしに開いた。
やれやれと溜息を吐いて、フィアはそちらへ視線を向ける。
ノックもなしにドアを開ける人間は、一人しかいない。
「ノックをしろと一体何度言えば気が済むんだルカ」
咎める声音で言えば、相手……ルカは一瞬首を竦める。
それから、部屋中に溢れる甘い香りに小さく笑った。
「おわ、やっぱり皆考えることは同じか」
すっかり遅くなっちまったな、とルカは苦笑する。
そして、怪訝そうな顔をしているフィアに、一輪のスノードロップの花を差し出す。
「よく、お前の家で育ててたろ?」
そういわれて、フィアは目を丸くした。
そう、確かによく庭で育てていた花なのだ。
母と植え、父と世話をし、時折ルカが摘んだり踏んだりしそうになって叱っていた花。
それをルカが覚えていることに少し驚いて……――
「……有り難う」
少し照れたように、フィアはそれを受け取る。
思いだすのは、母が語ったこの花の花言葉。
一部の地域では死を連想させる花として嫌われているらしいが、フィアはこの花が好きだった。
―― 花言葉は、希望。
燃え尽きた家の花壇で、もう一度この花が咲いたとき、フィアは母の言葉を思いだした。
真冬の冷たい花壇でも、花は咲く。
希望をもって、前を向いて、歩きなさい。
そんな記憶を灯した花をそっと抱いて、フィアは花が綻ぶように微笑んだのだった。
―― 両手いっぱいの花を ――
(大切な人たちからの、贈り物)
(照れくさいけれど幸福な誕生日で)
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