唐突に浮かんだネタでアズルとアルマのお話です。
いつまでも優しいアズルとそれを心配するというか、不安似思うというか…
そんなアルマが書けたら、と思ったのでした。
ややミラジェリオ編本編のネタバレとなりますのでご注意ください。
そんなこんなで追記からどうぞ!
ちらり、と視線を投げる。
赤髪の青年の傍にいるのは、紫髪の男性……この国の国王、アズル。
容姿こそはともすれば青年本人……アルマよりも幼く見える。
愛らしい顔立ち。
鮮やかな緑の髪。
柔らかな紫の髪。
今は亡き母親によく似たというその国王は真剣な表情で目の前にある小瓶に魔力を向けていた。
小瓶の中には幾つかの薬草と魔力の込められた水とが入っている。
それに癒しの魔力を込めているのだ。
今はただの緑がかった水。
それに真剣なまなざしで魔力を注ぐ様は……傍から見ていて、酷く無防備だ。
今この瞬間に魔術を使えば。
或いは、剣を向ければ。
一瞬で、この国王の命を奪うことが出来るだろう。
そんなことを考えながら、アルマはふっと息を吐き出した。
と、その時。
アズルの手元にあった小瓶が光を放つ。
その眩い光がおさまると、その小瓶の中身の水は、淡い桜色に変わっていた。
「!出来た!」
そう、無邪気な子供のような声をあげるアズル。
ほらと差し出された小瓶を見て、アルマは表情を綻ばせる。
と、アズルは不意に立ち上がった。
何をするのかと思い、アルマが怪訝そうに首を傾げれば、アズルは自身の机の上から何かを取り上げた。
美しい装飾の、小刀。
普段彼が使う剣よりずっと小柄なそれを鞘から抜いて……――
それをそのまま、自身の腕に滑らせた。
「な……っ!?」
驚いて大きく目を見開くアルマ。
彼が止めるより先に彼の腕には傷がつき、色の白い腕につぅと赤い雫が伝う。
浅い傷とは言え痛みはあったようで少し顔を歪めたアズルだったが、小刀を置くとすぐに、先刻自分が作った薬の入った小瓶の蓋を開けた。
そしてそのまま中身の雫をぽたりとその傷に垂らす。
微かな、花の香り。
それと同時に、傷が塞がる。
流れていた血は止まり、浅い傷は塞がっていた。
「よし、完璧」
「アズル様」
咎める口調で、アルマは自身の主を呼んだ。
ぴくりと体を強張らせ、アズルは彼の方を見た。
呆れた表情のアルマ。
それを見つめ、アズルは少し首を竦める。
やれやれというように溜息を吐き出したアルマは真っ直ぐに、主君を見つめていった。
「何を考えてしたことか、私にはわかりますが……いきなりご自分の体を傷つけるのは如何なことかと」
そう。
彼が唐突に自分の体を傷つけたのは、恐らく自分が作った薬を試したかったから。
浅い傷ならばすぐに治すことが出来る妙薬であることは、アルマも知っていた。
けれど、だからといって……
相変わらずこの人は、色々な意味で心配だ。
アルマはそう思いながらもう一つ、溜め息を吐く。
「私にやらせれば良い話でしょうに、或いは獣を捕まえてくるとか……」
彼がそういうのを聞いて、アズルは眉を下げた。
そしてゆっくりと首を振って、言った。
「それは選択肢になかったよ。
誰かを傷つけるのは以ての外だし、獣を僕の身勝手で傷つける訳にも行かない。
僕が作った薬なんだから、自分で試すのが道理だろう?」
迷いない表情でそういいきる彼。
それを見てアルマは少し、眉を寄せた。
「万が一のことがあったらどうするつもりでしたか、それが失敗して毒薬にでもなっていたら」
「それならばきっと、薬が出来たって僕がいった時点で君が止めてくれるだろうと思ったから」
あっさりと彼はそういう。
アルマはそれを聞いて、一瞬大きく目を見開いた。
その後、少し困ったように目を伏せる。
何を言ったものか。
そう言いたげな顔をしているアルマを見て、アズルは不思議そうに首を傾げる。
暫し黙り込んでいたアルマはやがて顔を上げる。
そして真っ直ぐにアズルを見据えたまま、静かな声で彼の名を紡いだ。
「……アズル様」
「ん?」
どうしたの?
そう問いかける、アズル。
相変わらずに、迷いのない瞳。
鮮やかな、緑色。
自分の瞳の、"本来の色"とよく似た、けれども自分よりずっと澄んだ色の瞳。
それを見つめると、アルマはそっと、彼に問うた。
「……怖くはないのですか」
「え?何を突然」
目を丸くして首を傾げるアズル。
きょとんとした表情の彼を見つめ、アルマは困ったように微笑み、首を傾げた。
「私は貴方を殺めようとしました。
今もそう考えているとは、思わないのですか」
そういうと同時。
不意に、彼が剣を抜き、飛びかかってきた。
そのまま彼は、彼の首に剣を突き付ける。
アズルは目を丸くしたが、そのまま動かずにいた。
「このように斬りかかれば、魔術を使えば、貴方を殺めることは簡単だというのに」
ねえ、そうでしょう、アズル様。
そう問いかける、アルマ。
彼はかつて、アズルに剣を向けた。
本気で彼を殺すつもりで。
自らが国王となるつもりで。
誰に恨まれても構わない。
自分についてくる人間だけを纏め、それ以外の人間にはおいおい、自分の力を認めさせれば良い。
そう思って。
だというのに、彼……アズルはこうして平然と二人きりで過ごそうとする。
こうして自分に隙を見せる。
こうして……自らの前で無茶をして見せる。
それは一体何故なのか。
自分を恐れはしないのか、と。
それを聞いてアズルは少し、眉を下げる。
それから、小さく息を吐き出し、言った。
「ううん、確かにそうかも知れないけど……もしそうなったらその時かな、って」
ぽつりと、彼はそういった。
アルマは彼の発言に、毒気を抜かれた顔をする。
「は……?」
思わず、間の抜けた声が出た。
その時は、その時?
それは一体どういう意味か。
アルマのそんな顔を見て、アズルは苦笑する。
「君が僕に対して不満を抱いたのは致し方のないことだと思っているし……
今も尚君が僕を信頼出来ていないというのなら、あれからまったく成長できていない自分が悪いと思う。
それに、国王という立場柄、何もせずともマイナスの感情を抱かれることは覚悟しているからね」
「……それは」
アズルの言葉に、思わずアルマは目を伏せる。
長い赤髪がさらりと揺れた。
彼がそのことを理解出来ていたとは。
そう少し、意外にさえ思った。
この青年はどうにも……人を疑ったり、悪く見ることが出来ない性質だと思っていたから。
アズルは彼の言葉にふわり、笑みを浮かべた。
そして優しい声音で、言う。
「僕の立場が恵まれていることは流石にわかっているから。
……だから、そうしたマイナスの感情を全部帳消しに出来るくらいに良い国王になろうと、僕は思ってるよ」
「……そうですか」
―― あぁ、これだから。
全く成長しない訳でないとこうして証明してみせるものだから、二度目の叛逆を考えはしないのだ。
アルマはそう思いながら溜息を吐き出した。
それから、諦めたように微笑んで、言う。
「まぁ、無理はしないようにしてくださいね。
貴方はすぐに無理をするのですから」
この傷もそうですが。
そういいながらアルマは、殆ど塞がった先刻アズルが自ら付けた傷を指先でなぞる。
アズルはそんな彼を見て、優しく笑った。
「……ありがとう」
気を付けるよ。
そういいながら彼は小瓶の蓋を閉じた。
そして、それをそのまま、アルマに差し出す。
「え……?」
「これを、アルマに。
僕が持っていても意味がないからね」
任務に赴く君たちと違って、僕はそうそう怪我をしないから。
アズルはそういって、微笑む。
唖然として固まっていたアルマは、眼前の青年が差し出す小瓶をまじまじと見つめる。
「……アズル様」
「それとも、受け取れないかな」
まだ僕は、信頼に足りないだろうか。
そう言いたげなアズル。
アルマはそれを見つめ、苦笑した。
それからしっかりとその小瓶を受け取り、恭しく頭を下げる。
「……ありがたく頂戴いたします、陛下」
「良かった。……それを使う機会が少ないことを僕は願うよ」
そういって微笑むアズルは、優しい表情だ。
アルマはそれに、おだやかな微笑みを返して見せたのだった。
―― 信頼に足る… ――
(僕は、きっと…皆に信頼される国王になろう。
それは簡単なことではないのかもしれないけれど…)
(美しく優しく、脆い国王。
そんな貴方をあの時のように嫌悪することはもう無くて…)