唐突に書きたくなったアズルとその教育係、ルドラスのお話です。
ルドラスはもう少し、しっかり書いてやりたいなぁと思います。
アズルの幼馴染のような存在でありながら、教育係。
そんなルドラスさんです。
アズルより少し年上。
しっかり者で神経質で不器用な性格ですが、根は優しい男性です。
そんなわけで追記からお話です!
鋼同士がぶつかる音が響く。
しびれる腕に、アズルは顔を歪める。
剣を取り落とさないように必死に握りしめながら、自分に斬りつけてくる相手を見据えた。
短い茶色の髪。
鮮やかな、緑色の瞳。
きちんとした、シルバーフレームの眼鏡をかけた神経質そうな男性は欠片ほども表情を崩すことなく、剣を操っていた。
一度、彼の攻撃をしのぐ。
それにアズルはほっと息を吐き出した。
今までならば一度だって、彼の攻撃を防ぐことが出来なかった。
一撃で剣を弾き飛ばされて訓練が終わってしまう。
それが、当たりまえだったのに。
少しは、強くなれただろうか。
そう思いながらアズルはふぅと一つ、息を吐き出す。
彼の姿を見て、その男性は目を細める。
「油断しすぎです」
そんな声と同時に、もう一度剣が突き出される。
はっとして剣を構え直そうとすると同時に、その剣を素早く弾かれた。
「うわっ!?」
小さく声をあげるアズル。
剣がその華奢な手から弾き飛ばされて、後ろに飛ばされ突き刺さる。
アズルはそのまま後ろに後ずさって、座り込んだ。
「っは、は、はぁ……」
荒く息を吐き出す、アズル。
ぺたりとその場に座り込んだままの彼を見て、男性は小さく息を吐き出した。
「まだまだですね、アズル様」
そういいながら彼はアズルに歩み寄り、手を差し出した。
アズルは呼吸を整えながら、その手を取って立ち上がる。
「あはは……まだまだルドラスには勝てないね」
そういって苦笑する、アズル。
まだ腕が痺れている。
彼の力は相当強いのだ。
それにはまだまだ、届きそうにない。
そう思いながらアズルは肩を竦める。
「そう簡単に勝たれても困りますが……もう少ししっかりしていただかねば」
やれやれ。
そういうように、息を吐き出すのはアズルの教育係である男性……ルドラス・セヴァルトだ。
先祖代々国王の教育係をしている家系の、アズルより少し年上の男性。
剣術、武術、馬術などを、アズルは彼に教え込まれた。
美しく凛々しく厳格な男性だった。
彼の剣術の腕は確かなものだ。
それ故に、いつもアズルは彼に負けていた。
「一度私の攻撃を防げたからといって油断するからですよ、アズル様。
一度の攻撃だけで敵が止まってくれるとでも?」
そう問いかける彼は厳しい表情を浮かべている。
アズルはぐっと口を噤んで、俯いた。
「チェスのようなターン制の遊戯ではないのですから」
一度攻撃をして相手が止まってくれるならば良い。
自分が攻撃するための手段を考える時間を与えてくれるならば良い。
けれども、実際の戦闘はそんなことはない。
考えていれば殺される。
そうした戦闘の本質を、厳しさを、ルドラスは冷たい瞳で語る。
凛とした、緑の瞳。
それは彼(アズル)によく似ているのに、全く違った雰囲気を灯していた。
「……あぁ、そうだね」
わかっている、つもりだ。
アズルはそういって溜息を吐き出した。
よく、わかっている。
そう呟きながら思い出すのは、いつか見た、"仲間同士"の戦闘だ。
仲間と思っていた存在の、叛逆。
万が一、またああいったことがあった時、自分がまた何も出来ずにいるのは嫌だ。
そう思って、必死に剣術の訓練もしているのだけれど……
「なかなか……上達しないなあ」
そう呟いて、アズルは自分の後ろに飛んだ剣を引き抜いて、拭った。
細身の剣。
これさえ満足に操ることは出来ない。
そんな自分の非力さに嘆息する。
「アズル様は昔から筋力が弱いですからね。
お体も小柄ですし……御母上によく似ておいでですから」
馬鹿にする様子はなく、ただ懐かしむように、思い出すように、ルドラスは言う。
その言葉にアズルはすっと、目を細めた。
「お母様に、か……」
殆ど記憶にもない、自分の母親。
しかし、自分は確かに……父親には似ていないことがわかる。
どちらかといえば……――
「……彼の方が、お父様には……」
「何か仰いました?」
自身の剣を片付けていたルドラスが振り返り、首を傾げる。
アズルはそれを聞くと、ゆっくりと首を振った。
「ううん……何でもないよ」
ありがとうね、ルドラス。
そういうアズル。
ルドラスはそれを聞くとふ、と息を吐き出して、言った。
「それならば良いのですが。
体を冷やさないように、シャワーを浴びてからお休みください」
そうとだけ言って、ルドラスは訓練室を出ていった。
アズルはそれを見送ってから、ふっと息を吐き出して、部屋を出ていったのだった。
***
暖かな湯を体に浴びせる。
剣術の訓練で汗ばんだ体を流して、アズルはふうと息を吐き出す。
シャワーを浴びるのは、心地よい。
そう思いながら、アズルは緑の瞳を細めた。
ルドラスに言われた通り、シャワーを浴びてから、湯に体を潜らせる。
暖かで良い香りのする湯に体を浸けながら、アズルは深々と息を吐き出した。
「……僕、いつになったら強くなれるんだろう」
そう呟きながら、アズルは湯から手を出す。
年の割に小さな手。
幾度かそれを握り、開きを繰り返して、溜息を吐き出した。
体質なのか、なんなのか。
どれだけ訓練を積んでもなかなか、力がつかない。
小柄な体も、幼げな顔立ちも、非力な腕も。
国王という立場にあるのだから、もう少し……そう思うのだけれど、こればかりは致し方ないだろう。
「せめてルドラスくらい……アルマくらい逞しくなれたら良かったのに」
見た目はこうであってもせめて、力があれば良かったのにな。
そう呟きながら彼は湯の中に体を沈ませた。
国王としての力を身に付けたい。
そう思いながら訓練を続ける。
ルドラスに頼み込んで、以前よりもその時間を増やしてもらった。
それでも……
「どうしたらいいんだろうなぁ……」
そう呟きながら彼は目を閉じる。
ぶくぶくと、吐きだした呼吸が泡となって、風呂の湯に浮かんでいった。
***
カタン、と剣をテーブルに置く。
小さく息を吐きながら、上着を羽織る。
ふぅと息を吐き出して、彼……ルドラスは置いた剣を見る。
美しい装飾の施された剣。
王家の紋章が刻まれた、剣を。
すぅと緑の瞳を細め、彼はちいさく呟いた。
「熱心になってくださるのは良いですが、ね」
自分に向かってくる、幼い頃からよく見知った青年。
否、青年といっても自分とあまり年が違わないのだけれど……
あの青年は、剣術の訓練が嫌いだった。
戦うことが、嫌いだった。
それなのに、最近は幾らか、剣術の訓練にも積極的になってくれた。
それは、教育係として喜ばしいことである。
けれども……
「無理をしているような気がして、ならないのですよね」
ルドラスは溜息まじりに小さく、そう呟いた。
彼の……アズルのことは、昔からよく知っている。
争いを嫌い、痛みを厭う彼だ。
戦闘は、どんな形であれども、好みはしないことは知っている。
そんな彼がどうして、剣術の訓練に熱心になったのかは不明だが……――
自然と、という感じではない。
嫌だけれども、苦手だけれども、必死にやっている……そんな気がする。
「まぁ、私が気にしたところで仕方のない話、なのでしょうけれど」
聞いたところできっと彼は答えてはくれないだろうから。
そう呟いて、ルドラスは彼によく似た緑の瞳を細めた。
幼い頃から彼のことはよく知っている。
けれどもあくまでも、主従の関係として、である。
気さくな性格の彼ではあるが、自分のことはどうにも苦手に思っているようだから、きっと自分にはそうした話はしてくれないだろう。
「……親しくなりたいとは」
思っては、いけないのだろうけれど。
そう呟く、ルドラス。
彼は上着のボタンを留めると、ゆっくりと部屋の外に出る。
きっと、彼は疲れていることだろう。
何か甘いものでも、差し入れさせるのも、良いだろう。
彼はあの年でも、相変わらず子供のように甘いものがだいすきだから。
そう思いながら彼はキッチンに向かったのだった。
―― 求める強さ、差し伸べる手 ――
(幼い頃から彼のことはよく知っているのです。
すぐにそうして無理をすることもよくよく知っていますよ)
(もっと、強くなりたい。
そうすれば、大切なものを守れるような、そんな気がするから…)