任務がない、というのは良いことだと思う。
しかし如何せん、退屈なものだ。
そう思いながら、紫髪の騎士はぐっと伸びをする。
久しぶりの休暇。
それは別に上官が休ませてくれなかったとかそういう話ではなく、単純に彼……シストが中途半端に仕事を投げ出したくないと駄々を捏ねた結果、なのだけれど。
今日くらいは休め。
というか、数日休んでおけ。
やっとのことで仕事を片付けたシストに上官であるルカがかけてきたのはそんな言葉。
別にそんなに疲れてはいないのだけれど、と返せば、"いいから休んでくれ!"と半ばあきれたような声で言われた。
まぁ、そういうならばと休んだは良いが……
てっきり彼も休みだろうと思っていた相棒は至って普通に任務に出掛けているし、別段したいことも今は無くて、退屈だ。
「アネットでもいれば手合わせでも、と思ったけど……彼奴も今日は任務みたいだしな」
どうするか、と小さく呟いたところで、ふとあることに気がついた。
中庭の一角。
確かあれは、物干し竿がある辺りか。
そこでちょろちょろと動く小さな影に気がついた。
「ん、あれ……」
多分、よく見知った騎士だ。
そう思ったシストは目を細めて、そちらの方へ歩みを進めていった。
案の定、そこにいたのは見慣れた騎士だった。
淡い白髪の騎士。
長い白衣を風に靡かせて、作業をしている。
洗いたてのシーツの皺を伸ばしては大きな物干し竿にかける。
高い位置にあるそれにぎりぎり背丈が届かないのか若干伸びをしながら、次々とシーツをかけていく。
そんな作業をしているのは、医療部隊の騎士……アルだった。
「アル!」
そう声をかけると、少年は驚いたように顔を上げる。
しかし声をかけてきたのがシストだとわかると、嬉しそうに目を細めて、いった。
「シストさん!今日はお仕事お休みですか?」
「あぁ、暫く休めってさ」
肩を竦めながらシストはいう。
それを聞いてアルはくすくすと笑って、いった。
「それはそうですよ、シストさん、少し働き過ぎです」
少しくらいお休みしてくださいね、と言いながらアルはもう一枚シーツを干す。
シストはその様子を見ながら、小さく首を傾げた。
「逆にアルも、こんな作業してるんだな……これ、医療棟のシーツだろ?」
そう。
先程から彼が一生懸命干しているのは医療棟のシーツのようである。
普段なら、洗濯は基本的にメイドたちがしてくれる。
それを騎士のアルがしている、というのは不思議である。
シストの問いかけにアルは微笑む。
そしてもう一枚シーツをぱんっと伸ばしながら、いった。
「流石にこの量ですからね、それに、僕たちの部隊の備品ですから、僕たちが自分で整備すべきだと思うんですよね」
だから、僕がお手入れしてるんです。
そういってにこにこと笑うアル。
シストはなるほどな、というように小さく頷いた。
「手伝おうか」
「えっ、悪いですよ!折角お休みなのに……」
「良いって」
じっとしてる方が性に合わないからさ、と言いながらシストも籠に入っているシーツを取り出して、ぱんっと広げる。
そして軽々と物干し竿にかけた。
「あ、……もう、シストさん、意外と強引ですね」
そういって苦笑するアル。
多分止めたところで無駄だろう
そう思ったようで、アルもシーツを干し始める。
「ん、なかなか楽しいな」
シーツを干しながらそういうシスト。
アルも笑いながら、いった。
「でしょう?
結構僕、この作業好きなんです。
いつもはジェイド様がこういうことまでしてくださるのですけれど……」
流石にお忙しいのにそんな作業までさせてしまうのは申し訳ありませんから、と言いながらアルは作業を進めていく。
シストはなるほど、というように小さく頷いた。
「ジェイド様はマメというか、細かいところまで自分でする方なんだよな……
うちの上官にも見習ってほしいもんだね」
「ふふっ、ルカ様はそういった作業はお得意ではありませんからね……
でも、勇ましく任務に向かっていく所が、ルカ様らしいと思いますよ」
各々得意なことをしていただけたら良いと思いますよ、と言ってアルは微笑む。
彼らしいな、と思いながらシストもうなずいて、彼の仕事を手伝っていたのだった。
***
「よっし、これで全部だな!」
最後の一枚のシーツを干したところでシストはそう声をあげる。
アルは笑顔で頷いて、礼を言った。
「ありがとうございます、おかげではかどりました」
にこにこと笑うアル。
シストは気にしなくていいよ、と言いながら笑顔を浮かべた。
「さて、思ったより早く終わりましたし、お茶にしましょうか。
先日ジェイド様から良い茶葉をいただいたんです」
お菓子もありますし用意しますね、と言って微笑むアル。
「あ、でもシストさん、あまり甘いものはお好きではない、ですよね……ジンジャークッキーでも用意しますね」
そういってにこっと笑うアル。
シストはそれを聞いて嬉しそうな顔をした。
「有り難う、それは嬉しいな」
相変わらず、気遣いのできる子だ。
そう思いながらシストが笑っていれば、小さな手で手を握られる。
いきましょう、と笑いかける彼を見て、シストは目を細めた。
「あぁ、行こうか」
そういいながらシストは視線を一度、自分たちが干したシーツの方へ向ける。
はたはたとたなびくシーツの波。
それを見て、目を細めた。
―― あぁ、平和だ。
改めて、そう思いながら微笑むシスト。
それを見て、アルは微笑みながら、言った。
「シストさん、行きましょう」
乾いたら、また一緒にしまってくださいね、というアル。
シストは彼の言葉に穏やかに頷いて見せたのだった。
―― 穏やかな日々 ――
(忙しく働いているのも楽しいけれど…
こんな平和な時間も、悪くないものだな)
(殊更、親しい友人と一緒に過ごす休暇。
それは、好ましいものだ)