燦々と降り注ぐ太陽の光に白い制服が光る。
ぐっと伸びをした少年は小さく息を吐き出して体をひねった。
ずっと部屋で書類の仕事をこなしていた。
統率官という立場柄、基本的に書類の仕事をこなすことになる。
任務に赴くことはほぼない。
ルカはどちらかというと体を動かす仕事の方が得意だ。
それだけに、ずっと部屋に籠っているというのはつかれてしまうのである。
そして気分転換のためにこうして外に出てきたのだった。
「いい天気だな」
小さく呟いた彼……ルカは空を見上げて、目を細めた。
青空に真っ白い雲がまるで綿菓子のようにもくもくと浮かんでいる。
アネットが前に"美味そう"などと言っていたことを思い出してルカはくすっと笑った。
すっかり夏だ。
氷属性魔術使いが多い雪狼の騎士たちは連日のこの暑さにバテて伸びているが、ルカは魔力量が少ないためか、あまり気温の影響を受けない。
おかげで今もこうして外に出てきているのである。
まぁそんな調子だから雪狼の騎士は主に日中の仕事は免除されている。
無論でなければならない時はあるのだけれど、無理をして任務に赴いて怪我をしたのでは本末転倒だ。
医療部隊長であるジェイドにも無理をするなとしつこいほどに言われている。
従弟であるフィアもすっかり暑さにバテて、伸びていた。
後で冷たいものでも差し入れてやろうか。
確か今日は部屋で書類仕事をしているとか言っていたっけ。
そう思いながらルカは食堂に戻ろうとした。
と、そのとき。
「ルカ」
不意に、後ろから呼び止められた。
その声に驚いてルカはふり向く。
彼の視線の先には亜麻色の髪にサファイアブルーの瞳の少年……従弟であるフィアが立っていた。
ルカはその姿を見て驚いたように目を見開く。
「え、フィア?何処行ってたんだ?」
部屋で書類してるっていってなかったか?
ルカはそう問いかけながらフィアを見る。
彼の色白な額には玉のような汗が浮かんでいる。
陽射しにあてられていたのか、肌も薄く赤くなっていた。
外にいたのか。
別に書類の仕事も今日中に終わらせるべきものではなかったし、出かけていた分には構わないのだけれど……
出かけていたのか。
そう問いかけるルカにフィアは小さく頷く。
「あぁ……少し、出掛ける、用事があってな」
暑さ故か、幾らかぐったりしている。
大丈夫か?と問いながらルカはそんな彼の額を優しく撫でてやった。
魔術は殆ど使えないが氷属性の魔術は持っている。
そのために幾らか手が冷たく感じるのだろう。
フィアは心地よさそうに目をほそめた。
しかしやがてそうしている場合ではないと気がついたようにはっとした。
それから、"あぁ……その"と呟くように言う。
「?どうかしたか?」
何だか歯切れ悪い返事の彼。
いつもはきはきしているフィアにしては珍しい。
体調でも悪いのだろうか?
そう思いながらルカは心配そうに彼を見つめる。
その視線に気がついたのだろう、フィアは小さく息を吐き出してから、真っ直ぐにルカを見つめた。
「……その、お前に、渡したい、モノがあって」
「俺に?……一体どういう風の吹き回しだ?」
ルカは可笑しそうに笑う。
フィアが自分から何かをプレゼントしてくることは殆ど無いのだ。
そんな彼がわざわざ、こんな暑い中、何かを渡そうとするなんて……
そう思いながらルカが言うと、フィアは盛大に顔を顰めた。
それからそんな彼の頭をばしっとひっぱたく。
「失礼な言い方をするな。
……まったく、自分の誕生日さえ覚えていない従兄を持つと苦労する」
そういいながらフィアはルカの鼻先に小さな箱を差し出した。
ルカは驚いて瞬きを繰り返す。
「……誕生日?」
「そうだ。今日は、お前の誕生日だろう、ルカ」
そういいながらフィアはその箱をルカに押し付けた。
彼にそういわれて思い出す。
そういえば、今日は誕生日だったか。
朝起きて、全員に仕事の指示を出してからすぐ自室に引っ込んだから、誰とも会話をしていなかった。
その所為で気がつかなかったのだろう。
「あぁ……そうだったかぁ」
「まったく……まぁ、いい。……おめでとう」
そういうとフィアはぷいとそっぽを向いた。
どうやら、気恥ずかしかったらしい。
いつも通りなフィアの反応を見て笑いつつ、ルカは彼がくれた小さな箱を開いた。
中に入っていたのは、腕時計だった。
魔術で動いているものらしく、狂いは一切なく、正確に時を刻んでいた。
この国のシンボルである薔薇の花が文字盤の真ん中に大きく描かれていた。
ルカはそれをみて嬉しそうに顔を輝かせた。
そしてその腕時計を早速身に付けてみる。
「ん……綺麗だなぁ……ありがとう」
「気に入って、くれたか?」
フィアはルカの様子を窺うようにちらりと視線だけをルカの方へ向ける。
ルカは小さく笑いながら"凄く嬉しいよ"といって笑う。
そんな彼の反応を見てほっとしたように微笑んだフィアはふぅっと息を吐き出した。
「……気に、いってくれたなら、良かった。
お前の趣味なんか、知らないから」
「はは……薔薇ってあたりがお前らしいな」
「俺たちはこの国の騎士だ。陛下のモチーフを選ぶのは当然だろう」
そういって微笑むフィア。
歪みない彼の発言に小さく噴き出しつつ、ルカは彼に貰った時計を指先でなぞった。
従弟がくれた、大切なプレゼント。
任務の時にはつけていかない方が良いだろうか。
あぁでもどうやら魔術で保護されているようだから大丈夫か。
そんなことを考えた、その時。
フィアの華奢な体がぐらりと傾いだ。
「おっと……大丈夫か?」
抱き留めながら、ルカは彼に問いかける。
フィアはぐたっと彼の腕に身を投げ出したまま、言った。
「……暑い」
「ははは……だろうな」
とりあえず部屋に戻ろう。
そういいながらルカはフィアの体を抱き上げる。
「わっ!?」
小さく声を上げるフィア。
顔を真っ赤にしているが、暴れるだけの体力はないようで、固まっていた。
ルカはそんな彼を抱き上げたまま、言う。
「どうせ歩けないだろ。ほら、部屋に帰るぞー」
そういいながらルカはしっかりとフィアを抱いて歩き出す。
彼の腕に抱かれたままのフィアも、そんな彼を抱いているルカも、どこか幸せそうな表情を浮かべていたのだった。
―― 幸福の表情を… ――
(美しい夏の日。
この日に生まれたお前に、祝福を)
(ずっと、彼から祝いの言葉をもらい続けている。
あぁ、いつまでもこんな日々が続けば良いなぁ)