賑やかな声が響く。
浴衣を来た人々が行きかう、神社の傍の通り……
そこを歩きながら、長い黒髪の少年は目を輝かせていた。
「ペル、はぐれたら駄目だよ?」
そう横から弟に声をかける長兄……ベルトルト。
その言葉に小柄な弟……ペルはこっくりと頷いた。
「それにしても凄い人だな……」
そう呟いた隻眼の少年……クラウスは小さく息を吐き出す。
軽く汗を拭った彼を見て、次兄……アレクサンダーも苦笑を浮かべる。
「そうだな、やっぱりそこそこデカい祭りだからなぁ」
そう呟いて、アレクサンダーは目を細めた。
今日は、夏祭り。
路地には色とりどりの夜店が並び、様々な出し物を出している。
甘い綿菓子に、夏の風物詩金魚すくい……
そんな屋台街を見て歩く人々の一部は、浴衣を身に付けていた。
そんな景色を見て、ペルは嬉しそうな顔をしている。
正直、無表情でその変化を上手く読み取ることは出来ないのだけれど……
それでもペルが喜んでいるのは、兄たちにはよくわかっていた。
「お祭り、楽しい……!」
そう声を上げるペル。
それを見て、クラウスは小さく首を傾げた。
「あんまり来たことないのか?」
そんな兄の問いかけに、ペルはこっくりと頷いた。
そして、溜め息混じりにいう。
「うん、一人だと危ないって、シャムが言うから……」
幼い頃に親を亡くしたペル。
彼はあまり、思い出というものを持っていない。
今までそうして出かけたこともあまりないという。
無論、祭りにも。
そういいつつペルは少ししょんぼりした表情を浮かべる。
そんな彼を見て、ベルトルトは目を細めた。
そして、ぽんと彼の頭に手を置いてやる。
にこり、と微笑みながら彼は言った。
「そっか、じゃあ今日はたくさん遊ぼうね?」
色んなところを見てみよう?
ベルトルトはそういって微笑んだ。
そんな兄の言葉に、ペルは嬉しそうに笑って、頷いた。
そうして四人は一緒に色々な夜店を見て回った。
綺麗な光がたくさんともされた屋台は見ているだけでも楽しい。
と、ペルが一つの屋台に目を留めた。
黒い瞳を大きく見開いて、"あれ何?"と問いかける。
その言葉にアレクサンダーは彼の視線の方へ顔を向けた。
「あ、射的だ」
そう声を上げる、アレクサンダー。
それを聞いてペルはぱちぱちと瞬きをした。
「しゃ、てき?」
そう声を上げつつこてり、と首を傾げるペル。
クラウスはそんな弟にいった。
「おう、あそこに並んでる景品を撃ち落としたらもらえるんだ」
そういってクラウスが指さす先には射的の景品。
それを見たペルは更に目を丸くした。
「!可愛い……ねこ……」
ペルはそう声を上げる。
彼の黒い瞳が見つめているのは、棚に座っている一つのぬいぐるみ……黒猫のぬいぐるみだった。
可愛らしいそれを見て、ペルは目を輝かせている。
クラウスはそんな彼を見て瞬きをする。
それから、小さく息を吐き出した。
「……よし」
そう声を上げた彼は屋台に歩み寄る。
そんな彼を見てベルトルトはきょとんとした顔をする。
「え?クラウス?」
「一回、頼む」
そういいながら、クラウスは一回分の料金を屋台の主に渡した。
その男性はクラウスの姿を見て瞬きをした。
そして小さく首を傾げつつ、言う。
「おっ、お兄ちゃん……片目片腕じゃ難しいんじゃないかい?」
「問題ない」
そう答えたクラウスは片手で射的用の銃を構える。
そんな彼の姿は何だかとても様になっている。
わぁ、と小さく感嘆の声を漏らしたペル。
アレクサンダーはひゅう、と小さく口笛を吹いた。
「流石、軍人のフラグメント」
「流石だねぇ」
そういってベルトルトも目を細める。
そんな兄弟の歓声を聞きながら、クラウスはペルが欲しがっているぬいぐるみをねらったのだった。
***
それから、少しして。
ペルは上機嫌で兄たちと一緒に歩いていた。
そんな彼の腕には、先程クラウスがくれた黒猫のぬいぐるみの姿があった。
「ありがとうね、クラウス兄さん」
ペルは嬉しそうに兄に礼を言う。
クラウスもそんなペルの礼に照れくさそうな顔をしながら、いった。
「喜んでくれたなら、良かった」
問題ない、とは言ったもののやはり少し難しかったようで、少々苦戦はしたが、弟のために奮闘したのだった。
そして射的を終えてから、四人はかき氷の屋台の前に来ていた。
そこでペルは難しい顔をする。
そして、溜息まじりにいった。
「ううう……いちごとめろん……どっちがいいかな……?」
そう声を上げるペル。
どうやら彼はかき氷の味に悩んでいる様子である。
どれもおいしそうに見えるために仕方ないな、と思いつつベルトルトはふわりと微笑んで、いった。
「じゃあ僕メロンにするから二人で半分ずつ食べよっか」
それなら両方食べれるでしょ?
ベルトルトがそういうと、ペルは目をまん丸く見開いた。
そして、嬉しそうに言う。
「うん……!!」
ありがとベルトルト兄さん!
ペルは嬉しそうにそういう。
そんな彼を見て、アレクサンダーは露骨に顔を顰めた。
「っち、俺はマンゴーにしよ」
「……私はレモンにするとしよう」
クラウスも横からそういう。
そんな兄たちの様子を見て、途中で迎えに気がてら合流した運転手兼手伝い……シュヴァイツァーが苦笑まじりにいう。
「露骨に舌打ちしましたよねアレクサンダーさん」
そんな彼のコメントにアレクサンダーは更にむくれる。
そして受け取ったかき氷を口に運んだ。
「気のせいだろあーマンゴーうめー」
やや棒読み気味に言うアレクサンダー。
そんな彼を見て、クラウスも苦笑していたのだった。
「クラウス兄さん、クラウス兄さん」
ちょんちょん、と腕をつつかれる。
クラウスが視線をそちらへ向けると、スプーンにかき氷を乗せたペルがじっと見つめていた。
そして、はい、と口元にスプーンを持っていく。
「ん、くれるのか?」
「うん、一緒に食べよう」
ペルはそういう。
それを聞いて、クラウスは微笑む。
そして口を開ければ、ペルは嬉しそうに笑いながら、それを彼の口の中に入れたのだった。
「あ、クラウス狡い」
そう声を上げるアレクサンダー。
ペルはそれを聞いてふわっと笑う。
そして、スプーンを動かして今度はアレクサンダーの方へ差し出す。
「微笑ましいですねえ」
そういってシュヴァイツァーは目を細める。
ベルトルトも自分のかき氷を見ながら、頷く。
「シュヴァイツァー、シュヴァイツァーもあげる」
「おぉ、ありがとうございます」
そんな、微笑ましい時間であった。
―― Festival ――
(賑やかな、お祭り。
そんな皆の様子を見ているこの時間が穏やかで)
(兄さんたちと、シュヴァイツァーと一緒に行く、楽しいお祭り。
この時間がすごく楽しくて、嬉しいんだよ)