強い光が、降り注ぐ。
瞼越しにも感じるその強さに、シュタウフェンベルクの意識が浮上した。
「う……」
目を開けるが、それをすぐに閉じる。
眩しい、眩しい光。
いったいこれは何だ?
太陽光では、ない。
「意識は戻ったようだね」
その声に、シュタウフェンベルクは再び目を開ける。
先程の強い光は消えていた。
代わりに目に映ったのは見たことがない人物。
「……なんだ、貴様は」
白衣を纏っている。
しかしシュタウフェンベルクがよく知っているカルフィナの天使や軍医でも、
ディアロ城の医療部隊の騎士でもない。
これは一体誰だ?
怪訝そうな顔をしているシュタウフェンベルクを見て、
彼を覗き込んでいた白衣の男は小さく笑った。
「研究者だよ」
「研究……?」
シュタウフェンベルクはその言葉にいっそう怪訝そうな顔をする。
それを見て白衣の男は笑みを浮かべて、いった。
「私たちは特殊魔力を研究していてね……
天使、悪魔……その他にも、子の世界には様々な魔力が存在しているという。
しかし、君の魔力は私たちが知る限り伝説にしか存在しない魔力なんだよ……」
その言葉にシュタウフェンベルクははっとした。
彼が持つ、悪魔を討つことができる破魔の魔力。
それは確かに、特殊中の特殊の魔力だった。
研究……
その対象にされうることも、想定出来ないい訳ではなかった。
それを理解した彼は反撃しようと、体を起こそうとする。
しかしそれは叶わなかった。
「っ、なんだ、これは……」
彼は思わずそんな声をあげた。
その理由。
それは、体が上手く動かなかったからだ。
彼の片方の腕と両足。
それはがっちりと枷で固定されている。
ベッドの上に磔にされているかのように。
「な、ん……」
「皆、始めてくれ」
白衣の男はシュタウフェンベルクの反応も他所に、誰かに指示を出す。
その声を聞いて、視界の外からぞろぞろと白衣を着た研究者とおぼしき者たちが姿を現した。
「"実験"開始します」
そんな、冷静な声と同時。
シュタウフェンベルクの体に、何かが押し付けられた。
「うぁあっ!?」
押し当てられたもの……細い電極のようなものから走った衝撃。
否、痛み?
それに、シュタウフェンベルクは思わず悲鳴をあげた。
強い、強い痛み。
外傷とは違う、病気に冒された時に感じる痛みとも違う、
体のなかに駆け抜けていく、魔力の痛み。
「ふむ……」
最初にシュタウフェンベルクを覗き込んでいた男が声を漏らす。
どうやら彼がこの研究グループのトップらしい。
「破魔の魔力の持ち主といっても、悪魔の魔力に対する耐性はないようですね」
「痛みへの耐性も……」
そんな声が、遠くに聞こえる。
シュタウフェンベルクは小さく喘ぎながらそれを聞いていた。
「次は?」
「通常魔力の耐性に関するものを……」
シュタウフェンベルクは必死にもがいて逃れようとする。
しかし彼の足の固定は外れない。
逃げることも不可能だ。
「っく、ぅ……」
体に流し込まれたらしい悪魔の魔力の所為で身動きがとれない。
体が痺れているような、そんな感覚。
「被験体の魔力属性は?」
「炎属性のようですね」
ぱらぱらと書類を捲る音。
それを確かめる音。
何かを書き込む音。
様々な音が聞こえるが、標本の蝶のように磔にされた彼では、確認できない。
「炎属性か……それなら、水だな」
水属性魔力体をと呼び掛ける声。
今度は恐らく水を浴びせられるかなにかするのだろう。
シュタウフェンベルクは何処か冷静にそんなことを考えていた。
そうなれば、どうなるか……
否、先程ほどの、悪魔の魔力を流し込まれた時ほどの痛みはないだろう。
しかし……
これは、どれくらい長く続く実験なのだろうか。
シュタウフェンベルクはそう思いながら揺らぐ意識を手放した。
***
それから、シュタウフェンベルクは様々な実験の実験体にされた。
最初のように悪魔の魔力を流し込まれたり、それとは逆に天使の魔力を流し込まれたり、
炎属性の魔術の強さを見るためだといって無理矢理魔術を使わされたり……
これが、悪ふざけでやっているような人間たちだったらどれ程よかったか。
ただ粛々と、自分達が求める答えを出すために、
非人道的とも言える実験をしている実権者たちは至って冷静で、不気味なほどだ。
「天使の魔力にたいしても拒否反応を起こしましたね」
痛みに声をあげていました、と一人が報告する。
それを別の人間が聞いて、提案をする。
「それならば、その中間の魔力はどうでしょうか?」
中和されたものならば大丈夫かも知れない、とその人物は言う。
それを聞いてふむ、と研究者のトップが、いった。
「よし、やってみよう」
準備、と声がかかると、シュタウフェンベルクの周りで研究者たちがばたばたと歩き回り始める。
それを聞くと、シュタウフェンベルクの体が小さく強張った。
「っ……」
思い出す、痛み。
苦しさ。
それを忘れられず、シュタウフェンベルクの体は恐怖を感じていた。
小さく、体が震える。
「怯えているのか」
聞こえた声にそちらを見れば、最初に顔を見たあの研究者。
銀フレームの眼鏡をくいとあげて、その男は言う。
「怯えなくとも良い。
被験体に死なれてしまっては困るからな」
「な……」
その言葉にシュタウフェンベルクは目を見開く。
片一方しか見えない瞳が、揺れた。
冷ややかな口調だった。
人間を人間とも思っていないような……――
「おや、まだ人間として扱ってもらっていると認識していたかね」
シュタウフェンベルクの表情から読み取ったように、
男はそういいながら、小さく笑いながら、いった。
「君はただの実験体(サンプル)だ。
しかし君と同じ魔力を持ったそれが他に存在するかわからない……
貴重な貴重なサンプルなんだよ」
だから、死なせはしないさ。
そういうと、その男は離れていった。
それを聞いてシュタウフェンベルクは長い息を吐き出す。
いっそのこ……殺してくれた方がましだ、と思うときもあった。
耐えがたい痛み。
研究のためと言われ腕を傷つけられたこともあった。
血が流れる感覚と、痛み。
それに、意識を失う時もあった。
しかし傷はきちんと手当てされる。
風邪を引くこともないように処置されている。
それは、彼を人として扱っているからなされるものではない。
貴重な、貴重なサンプル。
他に存在しない貴重なマウスを殺さないためなのだろう。
「実験準備、できました」
その声にシュタウフェンベルクはびくっと体を震わせる。
そんな彼を見て、トップとおぼしき男は、いった。
「あまり大きな声を出すな、被験体が怯えている」
そんな冷酷な声。
それに、周囲の音は小さくなる。
大切に扱われているとはいえそれは人間として、ではない。
それを痛感しつつ、シュタウフェンベルクは小さく息を吐き出したのだった。
***
それからどれくらいの時間が経過した頃だったか。
不意に、研究所内が騒がしくなった。
"侵入者が"とか。
"セキュリティチェックは?"とか。
そんな声。
シュタウフェンベルクの意識は朝から流し込まれていた悪魔の魔力の所為で揺れ、
音は遠くから、夢の中で聞いているかのようだった。
侵入者?
この、研究所に?
うつらうつらしながら、シュタウフェンベルクは騒ぎを聞く。
「子供!?なんで子供なんかが……」
報告を受けていたらしい研究所長の声。
シュタウフェンベルクはそれを聞いて目を開けた。
……子供?
そう思うと同時。
彼のいる部屋の扉が開く音が聞こえた。
「……いた」
聞こえたのは静かな声。
聞きなれた、黒髪の少年の声だった。
「何だね君は」
所長は不機嫌そうに言う。
相手が"子供"だから、なめてかかっているのだろう。
少年……ペルはシュタウフェンベルクの方へ歩み寄る。
そして、彼をちらりと見た。
「……シュタウフェンベルク、大丈夫……?」
そう問いかける、彼の声。
それを聞いてシュタウフェンベルクは頷く。
しかしすぐに顔を歪めて、いった。
「逃げろペル、お前も……っ」
思わず口走りそうになった言葉を飲み込む。
彼だって、特殊な魔力の使い手。
挙げ句、"死人"の体に魂を定着させた存在だ。
その事が知れたら、恐らくペルも自分と同じような目に遭わされる。
それを思うと、今すぐにでも彼をここから逃がしたかった。
しかしペルは逃げようとしない。
シュタウフェンベルクはそれを見てもう一度同じことを言おうとしたが……
「……馬鹿にしないで」
僕だって、戦える。
ただの子供じゃ、ないんだから。
ペルはそういうと、ナイフを抜いた。
それを男に向けつつ、言う。
「今すぐシュタウフェンベルクを解放して」
そういう彼からは冷たい魔力が放出されていた。
怒っている。
それが、シュタウフェンベルクにはよくわかった。
男はそれを聞いて笑みを浮かべた。
そして首をかしげつつ、言う。
「誰が貴重なサンプルを逃がすかね?」
まだ、危機感はないらしい。
ペルはそんな彼を見てすっと目を細めた。
「……言うこときかないなら、強行突破する」
その刹那。
ペルは素早く動いた。
"人間"では、とらえられないほどに早く。
「な……っ!?」
「いった、でしょ……ただの子供じゃない」
ペルはそういいながら、男の首筋にナイフを突きつけていた。
それと同時に、小さな声で言う。
「今すぐ、シュタウフェンベルクを解放して。
どうせ、外には、騎士がいる……逃げられる、はずがない」
観念しないならナイフを動かす。
ペルは冷静な声でそういいながら、男の首に当てたナイフに力を込める。
「わ、わか、った……」
流石にまずいと、男も認識したらしい。
傍にいた研究員に目でシュタウフェンベルクの枷をはずすよう、指示を出す。
「逃げようとしたら、わかってる……ね?
僕、ナイフ投げるの、得意だから……」
脅す口調ではない。
静かな口調。
それが却って、恐ろしい。
やがて、シュタウフェンベルクの拘束が解けた。
彼はふらふらの体を起こす。
ペルはそれを見ると、室内にいる研究員たちに、いった。
「速やかに、外に……」
逃げることは、許さない。
ペルがそういうと、研究員たちは素直に外に出ていった。
それを見届けると、ペルは実験台の上に座っているシュタウフェンベルクに駆け寄った。
そしてそのまま彼をぎゅっと抱き締める。
「……よかった」
小さく呟く、声。
シュタウフェンベルクは力の入らない腕を動かして彼を抱き締める。
「ありがとう、ペル……」
「ヘフテンたち、外に、いる……僕、手伝いにきた、だけ」
彼が言うには、一番周囲の油断を誘えるからとペルがなかに入ることになったらしい。
外では他の騎士たちが固めているとのことだ。
「そう、か……あとで礼を言わないとな」
あと、謝らないと。
心配かけてすまない、と。
「それより先に、手当て……お医者様、そういってた」
ペルの言葉にシュタウフェンベルクは苦笑する。
多分またそうなるんだろうな、と思いながら。
と、シュタウフェンベルク、とペルが小さな声で呼んだ。
彼が小さく首をかしげるとペルはシュタウフェンベルクに抱きつきながら、いった。
「今だけは……僕、普通の人間じゃなくてよかったと、思ったよ」
人並外れた力を、速さを持っていたから。
だから、貴方を助けられた。
ペルがそういうと、シュタウフェンベルクは幾度かまばたきをした後、
優しく、彼の背中を撫でてやった。
「……帰ろうか」
シュタウフェンベルクがそういうとペルは小さくうなずく。
そして、まだ体が言うことを聞かない様子のシュタウフェンベルクを支えながら、
二人で一緒に外に向かってあるいていったのだった。
―― Experiment ――
(人としての扱いもされない、実験体
もう一生このままなのかと思ったりもして)
(大切な人を救うための力があってよかった。
人間でない力でも、それを使って彼を助けられたのだから)