「不死川君、って」

「あ?なんだよ」

「不死川君の苗字、怖いよね」

「好きで名乗ってる訳じゃねェ」

「下の名前って実弥だっけ?」

「そうだけどォ」

「じゃあわたし、今度から不死川君のこと実弥ちゃんって呼ぼ!」

「はァ?いいだろ不死川で」

「だって不死川君だと怖いじゃん」

「怖いってなんだよ意味分かんねェ」

「怖いからちゃん付けして怖くないようにするの!」

「ちゃん付けなんて女みてぇだろォ。それから俺は怖くねェ」

「その目つきも喋り方も怖いじゃん!」

「怖くねぇって」

「ねえ実弥ちゃん」

「名前で呼ぶなちゃん付けすんな」

「実弥ちゃんって数学得意だよね?」

「まァ、それなりには」

「今度わたしの友達に数学教えてあげてよ」

「なんでだよめんどくせェ」

「いいじゃんわたしもその場にいるし」

「お前がいるとかいねぇとか関係ねぇだろ。つーかなんてお前の友達に数学教えてやらねぇといけねぇんだ」

「だってその子、数学苦手だって言うし」

「んなの、数学の先生に教えてもらえばいいだろォ」

「実弥ちゃんがいいんだって」

「知るか」

「んもー、このわからずや!」

「分からずやで結構」

「実弥ちゃんの意地悪!」

「ちゃん付けで呼ぶなって言ってんだろ」

「数学教えてくれるまでちゃん付けで呼ぶもん」

「勝手にしろォ」

「そんなんだからモテないんだよ」

「ほっとけ」

「もー……あっ!先生!実弥ちゃんがいじめるの」

「ばっ!」

「おー、不死川、どうした。女の子に優しくしないとダメだぞ」

「先生あのね実弥ちゃんがね」

「おいてめぇ、実弥ちゃんって呼ぶなァ!」

「なんだ?不死川、何かの罰ゲームか?」

「そんな訳ないでしょう。逆に俺がいじめられてるんです」

「実弥ちゃんがね数学めっちゃ得意なくせに、数学教えてくれないの」

「不死川、それくらい教えてやればいいだろ。」

「……なんで俺がァ」

「お前、クラスメイトに数学、たまに教えてるだろ。見てるぞ、先生。面倒見がいいなって思ってたんだ」

「……」

「実弥ちゃんって兄弟何人いるっけ?すごく多かったよね」

「今関係ねぇだろ」

「兄弟の世話することあるから面倒見がいいのかなって」

「小せぇ兄弟の面倒見るのは普通だろォ」

「いやいや不死川、なかなか出来ないことじゃないぞ。クラスメイトに自分の知識を教えることだって、なかなか出来ないしな」

「別に、数学が好きなだけです。答えが一つしかないし」

「お前に助けられてるクラスメイトは多いと思うぞ?人助けだと思って、これからもよろしく頼むな。課外活動の一環として内申にオマケしておくから」

「本当ですか」

「えっ。ってことは、実弥ちゃん」

「……一回だけだからなァ」

「やったーっ!」

「さすが不死川。んじゃよろしく頼むな」

「ありがと実弥ちゃん!」

「だからちゃん付けで呼ぶな」

「えーっ。まだ数学教えてもらってないからこのままだよ」

「ふざけんな」

「ふざけてません」

「……んで?いつにすんだよ」

「友達に聞いてくる!」

「……チッ」

***

あのね、本当はね。
ずうっとずうっと、下の名前で呼んでみたかったんだ。
だって、あなたのこと、すきだったから。
不死川君、じゃなくて、実弥ちゃん。
距離が近付いた気がして、勝手にドキドキして、ニヤついちゃった。

だから
別のクラスの友達が「不死川君のこと好きなんだよね」なんてわたしに相談してきた時
心臓がキュってなって、目の前が真っ暗になった。
わたしの方がすきだし、って思ったけど
実弥ちゃんはわたしのことなんて、きっと何とも思ってなくて。
だから、その友達の力になってあげようと思った。
この気持ちは、隠したままでいい。
名前で呼べるだけで、幸せなんだ。
そう自分に言い聞かせて、でも、モヤモヤして、ちょっと泣いた。

そのあと、二人がどうなったか知らない。
知りたくなかったし、聞きたくなかった。
でも、一緒に帰ってるところを何度か見て
その度に、胸が痛んだ。

***

「実弥ちゃん、これ」

「あ?」

「寄せ書き!クラスのみんなからもらってるの。実弥ちゃんも書いてっ」

「めんどくせーな」

「いいじゃん、高校別なんだし」

「その理屈はよく分かんねぇけどォ」

「もう会えないかもじゃん」

「んなの分かんねぇだろ」

「ダメ?」

「……チッ。クラスの奴全員に書いてもらってんだろ。だったら俺の寄せ書きだけねぇの、不自然じゃねぇか」

「やった!ありがと!はいこれ」

「おい、書くスペースねぇだろ」

「じゃあ隣のページに書いてよ」

「ったく。お前も書け」

「えっ、わたしも?」

「こんなめんどくせぇこと俺だけにやらせようってのかァ?」

「そーいうの書いてもらうってタイプでもないんじゃないの?……ほら、真っ白」

「いいから書けェ。もう会えないかもしれねぇんだろ」

「……そうだね」

「……」

「……」

「……ほらよ」

「……ありがと」

「……」

「……」

「……元気でな」

「……実弥ちゃんこそ」


***

実弥ちゃん。
いつからすきだったか、覚えてないけど。
わたし、あなたのこと、すきだったんだよ。
ねえ、初恋の人。
言えずに卒業しちゃうけど、いいんだ。
でも、きっと
言えなかったなって、なんで言わなかったんだろうって思い出して
きっと泣いたり、後悔したりするんだろうな。

ねえ、実弥ちゃん。
寄せ書き書いてくれて、うれしかった。
まさか書いてもらえると思ってなくて
何書こうかな、って
すごく悩んだ。
ずっと好きでした、って、思い切って書こうかと思ったんだよ。
でもね。
手が震えて、涙で滲んで、書けなかった。
「数学教えてくれてありがと」
そう伝えるのに精一杯で、アルバムとペンを受け取ったわたしは
精一杯の笑顔で、実弥ちゃんにさよならって言った。

さよならって言って
この気持ちを忘れたかったのに。
はい終わりって、ケジメつけたかったのに。
結局忘れられなかったな。
高校でも、大学ても。
ずっと会いたかったな。あなたに。
忘れようとして色んな人と付き合って
どこかであなたの影を追いかけていて
連絡先なんて知らないし
実家の場所しか知らないし
繋がりなんて何一つないし

あーあ。
気付かなきゃよかったな。
でも、知ってよかったかも。

初恋の人。
お元気ですか。
今どこにいるのかな。
わたしは
大学で学んだ知識を活かして
この度教員になりました。
中学国語と高校国語の免許、まさか両方取れるとは思わなかったな。
赴任先の学校には
どんな恋の形があるのかな。
もしも、この学校にあの時のわたしがいるのなら
こう伝えてあげたい。

「想いはちゃんと伝えなさい」

って。