荒れ狂う風がケトルの耳元で鳴る。
黒い液体が眼前まで切迫――後方からネコモドキの叫び――「避けて!!」――即座に体が動いていた。鞭の様にしなる液体を転がる様にしてかわす。剣を構えつつもあれに触れて良いのか躊躇う。
直後に風の刃が液体を切断する。ぶつっと耳障りな音がした。

「液体じゃない……!?」

それは最早質量を得て、腕の様に蠢いている。異界から生える異形の腕だ。
開いた天井からは月が覗いているのに、重なる様にして黒々とした異界の扉の先が見えている。深く考えると混乱しそうだったのでケトルは意識をそちらに向けないようにした。
また一人、倒れていた傭兵の一人が異形へと変貌して行く。苦悶の絶叫が響き渡る中、エラムとか言うあの男だけが平然と笑ったままだ。
その余裕の顔に炎の槍が突き刺さった。灼熱する投擲槍がいくつもいくつも男の肉体を穿つ。太陽光に匹敵する光量が発生し、熱風が石畳の水を蒸発させ、濛々とした蒸気が視界を埋め尽くした。
床に伏せて身を屈める。
何もかも見えない中、何も根拠も無くテロルだ、と思った。おそらく今までずっと大人しかったのは呪文の詠唱をしていたからで、最大火力をぶつける為に色々仕込んでいたに違いないと思った。
蒸気が晴れて行く。