少年がケトルにしか聞こえない声で言う。
「依頼人ながら悪趣味ヨー。アレ言わせたかっただけだろ」
答えるだけの余裕がケトルには無い。
ミーナは一団と共に通路へ消えて行く。
「助けるって言ったのに……!」
ケトルは奥歯を噛み締める。押し寄せる無力感を痛みによって気力に変えるように。
「リャオ、聞いての通りだ。プリンセスの願いでその小僧は殺さないこととなった」
少年が肩をすくめる。
ローブの男は口元を歪めた。
「……ただし、最終的に見逃しさえすれば好きにしていい」
「そんなっ!?」
「あはは。ヨくやるヨー。どうせほっといてもコイツは出血で死ぬってのにナァ」
ミーナの抗議は無視され、なすすべもなく運ばれて行く。
流石の少年も若干顔を引きつらせている。
そして、ケトルは――踵を返すローブの男を見据え、剣を構えた。
少年の即応――ケトルとの間合いを一気に縮め、至近距離に迫ろうとしたところで、
「――ンッ?」
眉をひそめると、勢い良く背後へ跳びずさる。
直後、ケトルの側の壁が轟音を立てて崩壊し、地響きが床に亀裂を生む。
濛々と舞う土埃に視界が奪われる中、場違いな子供の声がした。
「ちょっとこれ……どうするのテロル」
答える声は若い娘の物だった。
「げほっ……。知らないわよそんなの! ちょっと魔力流し込んだら壁壊れるなんて誰が想像できんのよ!?」
土埃が晴れて行く。
瓦礫の奥から小柄な人影が現れる。
「それに、中心部へのショートカットになったじゃない。結果オーライよね!」
「激烈にお取り込み中だったみたいだけどね」
マントを着た若い娘が長い髪を靡かせる。その頬には大きな傷があった。
娘の頭上で鈴の音が鳴る。首輪に鈴を付けた蝙蝠の翼を持つ黒猫が娘の頭に乗っている。
娘は辺りを見渡して言った。
「……ちょっとサルファー、思いっきり注目されてんだけど」
「派手な登場だったからね」
「あたしのせいじゃないわよ!!」
なんだこいつら。
ケトルは瓦礫を払いのけるのも忘れ、呆然と娘を見つめていた。