一次創作小説「節分」下

悪役じみた台詞を吐きながら振りかぶられたトビトの腕が、背後から伸びてきた別の腕に掴まれた。トビトが叫び、じたばたと動くがびくともしていないように見える。
掴んでいるのは筋肉質の男だった。コミカルな鬼の面でその表情は伺えないが、……たぶん激怒してるんだろうな。

「飛人……鬼の役でもない人に豆を投げつけるなんてどういうことだ……。千織ちゃんだっていきなりでビックリしただろう」

怒気を孕んだ低い声に、トビトの動きが一瞬止まる。
オレはまぁまぁと手を振った。

「ヨシヤさん、ちょっとした悪ふざけですからその辺で……」

ルカが静観しているせいでオレがなだめ役にならなきゃいけない。
鬼面の男はゆっくりとかぶりを振った。

「千織ちゃん、今の僕はお隣のおじさんじゃなくて鬼なんだ。そして鬼は節分には厳しい」

「は、はあ……」

気の抜けた声を出すオレの横で、ルカがしたり顔で頷いている。

「中々のロールプレイングね」

無視。

「あー、じゃあオレらは縁側の方に行ってますんで」

「チオリてめえ!」

トビトの罵声を背に受けながらその場を後にする。
玄関の角を回ると縁側があり、正面は庭になっている。庭はコンクリート敷きで、隅には花壇や庭木がある。
縁側ではルカの二人目の弟であるイサクが無心で炒り豆を食べていた。明らかに歳の数以上をボリボリ頬張っている。そういやこいつ食いしん坊だったな。

「こんにちはイサク。それ美味しいか?」

「こんにちはチオ姉。ルカ姉もおかえり。あのね、大豆、すごくおいしい!」

「良かったなぁ」

「うん!」

ルカが枡に炒り豆を分け、こちらに手渡す。

「んじゃ適当に撒くわよん」

「あんまりまくともったいないよ。ぼく、まだまだ食べたい!」

「んー……。しょうがないわねん。食べ過ぎには気をつけるのよ?」

「あんた、まるで姉みたいだな」

「みたいじゃなくて正真正銘の実姉よん!」

などと軽口を叩き合いながら、休日が穏やかに過ぎて行った。

一次創作小説「節分」上

「ちおりん、豆まきするわよ!」

「どこでだよ。まさかうちじゃねぇだろうな」

「にゅふん、あたしの家よん!」

そういうことになった。大体いつも通りである。
このパターン化に馴れないと、ふとした瞬間に「なんでオレ、土曜日の朝っぱらからルカに引っ張られて豆まきしてんだろ……?」ってなるから、感覚を麻痺させることも時には必要なんだと思う。
さてルカの家は隣である。塀の向こうでは既に豆まきが始まっているようだった。ちなみにこいつ、ひどい時はブロック塀を乗り越えてやってくることもある。
梅の香りが漂う庭に足を踏み入れると、いきなりつぶてが飛んできた。

「ぎゃははは! 油断してたべ!」

枡を片手に馬鹿笑いしているのは、ルカの弟のトビトだった。
痛くはない。大豆だし。だが腹が立つので文句のひとつでも言ってやろうとしたが、それより先にルカが動いた。

「トービートー!」

ルカが瞳を燃え上がらせ、キッとトビトを睨み付ける。

「よくも不意討ちかましてくれたわね! おかげでちおりんの盾になって『ルカ……オレを庇って……トゥンク』とかそういう展開に持ち込めなかったじゃない! やり直しを要求するわ!!」

何言ってんのこいつ……。
トビトも半歩後退りしていた。

「いっ、言ってる意味はわかんねーけど……」

「奇遇だなトビト。オレもだよ」

トビトはなんとか踏みとどまったようだった。

「姉貴が投げてほしいなら、お望み通りそうしてやんべ!」
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