「そっち行ったヨ!」

訛り混じりの鋭い声が飛び、ケトルは弾かれたように駆け出した。作戦通りに目標は追い込まれた。あとは確保するだけだ。
一直線に走る獲物の姿がケトルの視界に入る。小柄な影が弾丸と化し、薄汚い石畳のスレスレを疾走している。アップルグリーンの双眸と、目が、合う。

「来い!」

叫び、両手に握った網を引き上げた。獲物が体勢を崩す。
反対側から追い込み役のリャオが迫る。両脇は大人がやっと通れる幅しかなく、装飾品はおろか窓も無い壁はなめらかな漆喰で塗り固められている。

「こんな狭い路地裏での挟撃で、逃げる場所なんかねぇよ!!」

ケトルが笑ったその瞬間、獲物が跳んだ。
体勢を崩しながらも側面の壁に向かって跳躍、僅かな段差に足掛かりを付け、三角跳びの要領で上へ上へと恐るべき速度で上って行く。

「気ぃ抜くなバカ!!」

リャオが舌打ちをしながら後退、助走を付けなんと壁の半分の高さまで跳躍、壁を蹴り上げ獲物に追随。地上で呆気に取られたままのケトルをよそに、伸ばした手が獲物に向かう。

「もう少しっ……!」

だが獲物が反転、リャオの額を足場にさらなる跳躍を見せる。

「リャオ!!」

「このっ……!!」

高みへ向かう獲物と対象的に重力に沈むリャオ。その指が虚しく壁を滑った。
ケトルの背後で落下音がするのと、獲物の長い尾が屋根に遮られるように視界から消えたのは同時だった。