2017-9-11 18:53
審神者を審判する本丸の話。
「who are Fixer ?」
(一期一振と鶴丸国永)
※下記素晴らしきMMDを、作成者さまのご厚意により三次創作させて頂いたお話になります。ぜひ。
【MMD刀剣乱舞】フィクサー
www.nicovideo.jp
# who are Fixer ?
「趣味が悪いな」
ぼそりと呟いた声は天井に響いたのか、壁に押し返されたのか。小さく零しただけのつもりの言葉は思いのほか鶴丸の鼓膜をよく揺らした。
キン、と一期一振の手から鯉口を切る音が鳴ったのはほんの数瞬前。心ばかり重く聞こえるのは、ひょっとしたら失われるべきでないいのちを奪うからかもしれない、なんて、考えこそすれ思い馳せもしないことが鶴丸の脳裏によぎる。それから、失われるべきではないという言葉に抱いた違和感を払拭すべく、思考を一巡りさせようとしたところで反射的に左足を引いた。
「誰のことでしょう」
「根性も悪い」
「お褒めに預り光栄です」
「顔は良いのになぁ」
磨いた革靴が載っていた床に僅差で赤い花弁が散る。わざと足元を血払いの方向に定めたのだろうと小さく息を吐いた鶴丸とは対照的に、一期一振は涼しげな視線をよこす。たったいま一つの生を断ったとは思えない、まるで朝のコーヒーでも飲んだ後のような顔で笑うのを性根が悪いと言わずなんと言うのだろう。千年分の日本語を辿れば良い言葉が見つかりそうだが、無意味なのでやめた。
しゃらん。一期一振の手の中で、刀が寄る辺なさげに鳴く。胸ポケットから手触りの良い手布を引き抜くと鶴丸は一期一振の手から鶴丸国永を掴み取った。
「さすが、名工五条。よい刀ですね」
「お褒めに預り恐縮です」
「斬れるだけのかたなではない」
「粟田口唯一随一と謳われるきみの御眼鏡にそうまで適うとは」
否、取ろうとして細い手は阻まれ、柄を握るに留まる。元より二人は同じ背丈。肩がぶつかりそうな距離、すぐ離れるつもりで一歩を踏み込んだ格好の鶴丸は今に限り、一期一振から僅かに目線の高さが劣る。口角は上々。ピアスのない片耳にワックスで固めた髪の一房が落ちようとしているのが狭い視界の隅に入る。
互いに金を捉え、数拍。
「離せ」
口付けでもしようかという距離に詰まった薄い唇は絶えず微笑みを模るくせ、低く唸る声に、一期一振の肌は粟立つ。これは脅しではない。ひとにはいのちの本能があるように、かたなにも存在の本質がある。唸りはその本質の喉笛へ刃を突きつけ、絶対的強者をこころに灼きつける。仮にも仲間になんと容赦のないことか。
しかしだからこそ、鶴丸はうつくしい。うっそりと笑いそうになるのを努めて殺し、一期一振が大人しく手を離せば反動を利用した刀は宙に浮くと一回転。軽やかに鳴いた刀は一期一振の頬を掠めて主の手中へ戻って行った。
「さて、それでは今回の答え合わせと参りますか」
「もうかい?せっかちな男はモテないぜ」
再度、軽く血払いされた刀身を、白い指に挟まれた白い布が拭っていく。手入れが行き届いているうえに一塊しか斬っていない鋼はまだまだ冴え渡り、血払いだけでほとんどの赤を退ける。それでいてなお取り残された微量の血が布に滲む様はまるで鶴丸の白い手が血を吸うよう。
けれど、鋒まで拭いきり躊躇いなく汚れた布をその場で離した手にはその実、よごれ一つとしてない。はらりと音もなく落ちたハンカチが黙って漆黒の床を彩っただけだ。
ぱちり、部屋におよそ似つかわしくない軽やかな指鳴りから現れた鞘へ煌めく鶴丸国永の刀身を納める。普段はゆったりとした和装に隠された所作は細身の洋装で明るみになり、洗練されているのがよく分かる。似た装いを纏うことで際立つうつくしさの質が己と異なることに気付かされたのはもう随分と前だ。一期一振がこの任務に就いて、かなりの初期だった。
いずれにしても、広い部屋に漂う鉄の生臭いそれが似合うとはなかなか思えないから、刀剣男士の在りようというのは難しい。本当は、一番似つかわしいもののはずなのに。
「もっとも、」
薄金が一期一振を映したのは瞬時。九十度、体を回した鶴丸は数分前まで審神者だったものから一歩ずつ遠ざかり、高価な石材の床が踵を心地良くならして鼓膜を揺さぶる。
細長く広い部屋に、肉体が三つと呼吸が二つ。到底食事をするとは思えない部屋にシックなテーブルと食器を揃え、豪奢なソファと一等眩い電飾を一番入口から遠い場所に。ちぐはぐな調度品がこの世界には相応しい。これは、誂えの舞台だから。
「答え合わせが必要ならの話だが」
こつり、こつり、打ち鳴らされた踵の数だけ一期一振の心臓が高鳴っていく。今やソファへ横たえるだけの塊を恭しく出迎えたときに座っていた座席へ鶴丸は戻ろうとしている。
用意された食器は座席と同じ分。けれどほとんどは一所に集められ、並べてあるのは正面向かい合うたった二組、一期一振と鶴丸とのそれだけ。ついでに鶴丸の食器の上には意趣の悪い薔薇一輪。その、席へ。ゆったりとした足音が止まって、椅子を引く鈍い音が響く。
パチン、先ほどよりもう一段軽い指鳴り。
合図を受け、目の前で息絶えるだけの肉体があかい花弁に変わる光景は息が詰りそうなほどの圧巻を齎す。まるで満開に花開くように床まで滴った赤の水溜りも、ソファへ染み渡ったはずの血痕も、綺麗さっぱり天井へまで舞い上がる。
まさに断罪。あるいは、贖罪。どういう仕組かは主と鶴丸しか知らないけれど、解き放つようなこの瞬間が一期一振は好きだった。
「…うつくしい」
舞い上がった天鵞絨の花弁がはらはら落ちて、地を知らぬまま消えてゆく。思わず零した一期一振の言葉に、は、と鶴丸が嗤う気配がして振り向いた。消えぬ花弁の向こう、薄暗い座席。黒の椅子に腰かけた鶴丸がテーブルに頬杖をつき背もたれには肘を預けてこちらを見ている。その表情は嘲笑とも憐憫とも取れるように思えたけれど、千切った薔薇の花弁を唇へ押し当てているから詳細は定かではない。
「やはり、きみは趣味が悪い」
ただ、その声は静かに断罪をした。
(審神者審判本丸)