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証を刻む[5]
07/12/18 17:36 Tue

>>[5]



決断してからの彼の行動は早かった。

ヒラヒラと楽し気に手を振る乱菊に見送られ、襖を開け放すと同時に執務室を飛び出した。


  を失いたくない。


ただ、その想いだけを胸に。

乱菊の言っていた中庭まで瞬歩で来ると、そこには黒髪の女性が一人佇んでいた。

その美しい濡れ羽色は、間違いなく彼女だ。

冬獅郎は、はやる気持ちを抑える為少し長めに息を吐くと、意を決して彼女に歩み寄った。



「  ……////」



愛しい名を呼ぶ自身の声が、冬の冷たい空気に響き渡る。

すると、端整な顔がゆっくりとこちらに向けられた。

伏目がちだった視線がこちらに向けられ、彼女の澄んだ瞳に自身の姿が映り込むと、トクン!と心臓が跳ねるのが分かる。

紫水晶のそれが夕日を受けて紅を帯びる様が、心底綺麗だと思った。


「シロ。」


柔らかな笑顔と共に発せられた自分の名を呼ぶ愛しい人の声が、心地良く鼓膜を揺らす。


今だ。

今しかない。

きっと、これが最後のチャンスだ。


先刻乱菊に掛けられた言葉を思い出して、自分を奮い立たせる。


「なぁ…今日、俺の部屋に来ないか////?仕事が終わったら迎えに行くから……////」


精一杯の勇気を振り絞って言葉を紡ぐ。

彼女を部屋に誘ったのは初めてだった。

一緒に居れば必ずチャンスは訪れるだろうし、その気配がなければ自分から仕掛ければ良いのだ。

当然、冬獅郎の大好きな微笑みと共に承諾の返事を貰えると思っていた彼の予想に反し、  は少し困った様な笑みを浮かべた。



「済まない……今日は、先約が……」

「そ…か……」



あぁ、もう駄目だ。

一瞬、目の前が真っ暗になった気がした。

進展どころか、自分は彼女と同じ時間を過ごす事も出来ないのか。

もうこの際、自分の誕生日だと気付いてくれなくても良い。

進展がなくても構わない。

一緒に居る事が出来れば、それで……


目の奥が熱を持ち始めたのが分かる。

そして、それを視界に捕らえたのは、  の顔を見ている事に耐えられず視線を落とした時だった。


「………ッ!!?」


首筋に散らばる花弁を思わせる深紅。

彼女の白い肌に良く映える、鬱血の痕。

その痕跡の意味する所は、いくら恋愛事情に疎い彼にでも分かる。


それは、情交の証。

それは、所有の証。

そして、それは……―――――

裏切りの証。


悲しみが怒りに変わるのは、一瞬だった。


「……先約って何だよ?」

「それは……」


腹の奥から湧き上がる様な、自分でも驚いてしまう程低い声。

彼女からは、今度こそはっきりと困惑の表情が見て取れる。

焦れてなかなか答え様としない  に、冬獅郎は冷笑を浮かべて言葉を吐き捨てた。


「今夜は、誰の所に行くんだ?檜佐木か?阿散井か?……そりゃ、こんな餓鬼相手にしてる場合じゃねぇよな。」

「シロ?何を言って……」


状況を飲み込めない  が戸惑う素振りを見せるが、それは逆に彼の激情を煽るだけだった。


「ふざけるな…っ!俺が何も知らないとでも思ってんのかよ!?」


元々吊り上り気味である瞳を更に吊り上げて、彼女を鋭く睨み付ける。

翡翠のそれには、怒りの色がありありと見て取れた。

しかしその攻撃的な態度とは対照的に、荒げた筈の彼の声が切なげに震えて聞こえたのは、気のせいではないだろう。


「……その首の痕の意味が分からない程、俺は子供じゃない。」


 
 


>>To Be Continued


 

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