学生は忙しいらしい。
それは分かる。ああ。俺だってそんな時期は確かにあった。
そしてそんなめまぐるしく多忙な日々を青春と呼ぶらしい。
俺が学生の頃、放課後は毎日のように工場を手伝っていた。つまり工場で働くことが俺にとっての青春だったと言えるだろう。
そして今、学生と呼ばれる日々はとうに過ぎたけれど、毎日工場で働いている。青春となにが変わったというのだろう。むしろ、勤務時間は当然学生の頃より今のほうが長い。
つまりだ。
結城秀則、24歳。
未だに青春真っ只中と、言えるんじゃないだろうか。
あゝ、青春の日々よ
2週間だ。
正確には16日と半分。それだけの時間、虎太郎の存在を感じていない。
学生は忙しいらしい。一日の半分以上を学校という閉鎖された空間で過ごし、その後はバイトだの試験勉強だの、自由に過ごす時間があまりないだろう。
分かる。それは分かる。正確に言えば「頭では理解している」。
それでもだ。会うのはまだしも、電話もメールのひとつもないというのはどういうことだろうか。
秀則は頭を抱えていた。
考えている、悩んでいるというよりは…苛々している、という方が正しいのかもしれない。
虎太郎のことだ、電話やましてメールなんて面倒なことをこまめにするタイプだとはとても思えない。そんな面倒なことをするくらいなら直接会いに来るなりするだろう。それなりの付き合いであるのだから、彼の性格くらい十分に理解しているつもりだ。女々しく寂しさを抱えるようなヤツじゃない。
そんなヤツが会いに来ないのだから、それなりの理由があるのだろうと思う。学生は忙しいもんだ。大人として、そんな忙しくも充実した学生の青春に水を差すのは無粋だと思う。
学生の時にしかできないことが山ほどある。通ってきた道だ…よく分かる。そんな日々を、そんな貴重な時間を、俺のような大人が介入することによって奪ってはいけない。
特に虎太郎に対してはそう思う。猫みたいなヤツだ。束縛なんてしようものなら腕からするりと抜けてどこか遠くへ行ってしまうだろう。
そんなヤツだからこそ好きになったのだ。アイツを束縛して誰の手にも届かない場所へ縛り付けてやろうなんて、とても思えない。触れるか触れないかの距離感の中で大切に大切にしてやるのが、俺なりの「大人」としての愛し方なんだろうと信じている。
信じているさ。
だからこそ、こっちからは連絡を入れない。そう決めたのだ。
猫のようにふらりとうちへやってきたら、また頭を撫でてやればいい。それだけのことなのだから。
どんなにもやもやむかむかと不快感がたまろうとも、秀則はひたむきに自分で決めた信条を貫いていた。
しかし…しかし、だ。
頭で分かっていようと、体がついて行かないことは多々あるもの。
(2週間だぞ、長すぎないか!…いや、学生にとってはたかがそんな短時間なのか!?俺の忍耐力が足りないだけか!?)
もやもやとした不快感を打ち消すように、つい部屋の壁を殴りつけてしまう。ベランダで残飯を食べていた猫がそれに驚きさっと逃げてしまった。そんな情景を眺めて、今度は自己嫌悪に陥る。
「なにイラついてんだよ…俺は何歳だっての」
へなへなと項垂れ、秀則はそのまま畳へ沈み込んだ。
たかが…2週間だ。
2週間会っていない。連絡を取っていない。それだけ。
それだけのことでここまで掻き乱されている自分が信じられない。
こんなの、まるで…
(まるで、恋に恋してる女子高生みたいじゃねーかよ)
…うっかり想像してしまい、サブイボがブワッと一斉に立った。
しかし、気づいてしまえばそんなもの。
1分1秒で早く、多く会いたい。
存在を感じていたい。抱きしめて、自分の存在を刻みつけてやりたい。
もちろん結城秀則は成人も過ぎたれっきとした男だ。恋だの愛だの甘く可愛らしいものを求めているわけじゃない。それどころか…それこそ、もっと生々しく欲望めいたものが渦を巻く。
不快感の正体なんて、一皮剥いてしまえばそんな薄汚れた欲望だ。
(あーやべ、ちょっともう、ほんとやばいかも…)
どうしたものかと仰向けに倒れてみる。その時、やっと自分の携帯が小さく震えていることに気づいた。
「ん、誰だ……っと、おお!」
着信:空知虎太郎。今まで考えていたことが考えていたことなだけあって、鼓動が一気に高まるのを感じた。
通話ボタンを押す指が少し震えた。そこにあったのは、欲望から来る少しの罪悪感とちょっとした照れ、物珍しさ、そして何よりも大きい嬉しさ、期待感。
「…おう、久しぶりだな」
『…あ、ああ』
「元気だったか」
『……ああ』
「なんか変わったこと…」
『ねぇよ。たかだか2週間だろ…』
「…そっか、そうだな」
たかだか。その言葉がちくりと刺さる。
やっぱりその程度の時間だ。自分の耐え性が足りないだけだったと少し気持ちが沈む。
「…で、どうした。珍しいじゃないか虎太郎が電話なんて」
『…そうでも、ないだろ』
「なくない。数えるほどしか受けたことないぞ」
『………』
「どうした?」
カラカラと笑いながら話していると、虎太郎の声が聞こえなくなった。なにか気に障ることでも言ってしまっただろうか、胸が冷えるのを感じながら、声を少しひそめて問いかけてみる。
返事は返ってこない。
黙ってたら対処の仕様がないぞと小さな苛立ちを抱えながらも、せっかく虎太郎からかけてくれた電話だ。これ以上虎太郎の機嫌を損ねたくはなかったし、なにより心配だという気持ちも大きい。
あの虎太郎が電話をかけてきたのだ。よく考えれば、なにか事件があったのだとしてもおかしくはないじゃないか。
そこまで考えると、今度は別の意味で胸が冷えていく。
「おい、こた……」
その瞬間、サイレンが聞こえた。
近くで火災でも起きたのだろうか。消防車のサイレンが窓の外から響く。
しかし、その音になにやら違和感を感じた。
重なって響くサイレン。
ひとつは、窓の外。もうひとつ、聞こえるのは――
秀則は携帯を握りしめ、そのまま勢い良く立ち上がった。畳で滑り転びそうになるがそんなことは気にもとめない。
そして裸足のまま玄関の扉を開ける。
扉を開くと、その横で驚いたようにこちらをみつめる虎太郎の姿があった。
ふわふわとなびく髪、そして痛々しささえ覚える顔のピアスが光に反射して、少し眩しい。
その顔は、何が起きたのかわからないとでも言うようにこちらを凝視していた。
「え……あ、なん、で」
驚きの中でなんとか口を開いたような、たどたどしい声。その言語を最後まで聞くことなく、秀則は彼の腕を強く引いた。
急な引力に驚く間もないままに、強引に部屋へと引きずり込む。
大きな音を立てて玄関の扉が閉まると、まるで全ての光が失われたかのように眩しさは消え去った。
虎太郎が現状を理解するより早く、強く抱きしめる。頭を押さえつけるように、強く、深く口付ける。
暴れる隙さえ与える気にはなれなかった。秀則自身でさえ自分が何をしているのか理解が出来ていない。
ただ体の動くまま…本能の赴くままに、目の前の愛おしい存在を貪るだけ。
息苦しさからか、虎太郎が身動ぎをしながら小さく呻く。
その声すら飲み干してしまいたい気持ちを堪えながら、ゆっくりと唇を離した。
「っはぁ…っ!い、いきなり、なにすんだよっ…うぷっ」
虎太郎の抗議の声を受け流し、そのまま胸に押し付けるように強く抱く。最初のうちはその力から必死に逃れようともぞもぞと動いていたものの、力の差に諦めたのか、すぐに大人しくなった。
「悪い、自分でもなにしてるのか、ちょっとわからなかった……」
首筋に顔を埋めて秀則が囁くと、その吐息のくすぐったさに虎太郎が小さく体を跳ねさせる。
「……なんで、電話なんてしてきたんだ」
「…っ!!ひで、ちょっと離れっ…」
「質問に、答えて」
再度もがきだした虎太郎をさらに強く抱きしめる。
「……べつに、理由なんて、ないっ…」
「…本当に?」
「ほんとだっ、ただなんとなく、どうしたらいいのかわからなくてっ」
言葉の意味を汲み取れず、虎太郎の顔を伺おうとゆっくりと力を緩める。虎太郎はそれに対して逃げるでも押し退けるでもなく、体を動かすことなくただ顔を逸らした。
光の入らない玄関では表情を伺うことは難しいが、顔を赤らめているように見える。
「どうしたらいいかって…どういうことだ?」
秀則がそう問いかけると、虎太郎はバツが悪そうに顔を歪めた。
「久しぶりに来たはいいけど…なんか、入りづらくて、帰ろうかとも思ったけどそれもなんか嫌で、もう、どうしたらいいかわかんなかった、から…」
「だから、電話したのか?」
「……悪いかよ」
小さな沈黙のあと、拗ねたようにこちらを見上げる虎太郎に耐え切れずまた強く抱きしめる。
不思議な気分だった。
玄関扉の前でどうしようかと悩む虎太郎を想像する。
何食わぬ顔で入ることが出来ずに、気まずさを抱えたままぐるぐると悩んでいたのか。それでも諦めて帰ることが出来ないほど、自分に会いたかったのか。自分ではどうすることも出来ず、縋るように通話ボタンを押したのか。
(大…事件だ……)
予想は的中していた。大事件だったのだ。
秀則が欲望を持て余していた頃、扉の外では大事件が起こっていたのだ。
そして事件の犯人であり被害者、全ての元凶である愛しい愛しい少年が、自分の腕の中にすっぽりと収まっている。
その事実が、もう、もう、とてもどうしようもなく……
「ひ、で、のり……」
「なんだよ」
「な、なんか、あたってる…」
「しょーがないな」
「しょーがないって、何が、うわっ!!」
突然玄関先の床に押し倒され、虎太郎は目を大きく見開く。もうその姿さえたまらない。
そのまま虎太郎の上に乗り上げると、秀則は薄く笑った。
「無理。もう我慢できねぇ」
さて、大人の余裕とやらはどこへ行ってしまったのだろう。
結城秀則、24歳。
未だに青春真っ只中。
***
秀則さんの年齢をとりあえず定めました。
22〜23って書いてあったからとりあえず24歳(…
やりたい盛りですね!仕方ないね!!
「…んでもうこんなになってんだよ!!」
「この2週間1回も抜いてねーからなー…終わった後の呆然とする感じが嫌で」
「知るかそんなことっ!!」
「そういう虎太郎も大変なことになってるけど?相当溜まってるんじゃねーの」
「そんなことっ…ねーよっ…!」
「へー、じゃあちゃんと一人でやってたんだ。何考えて抜いてたんだ?俺のこと考えてくれた?」
「〜〜〜っ!!う、うるせぇよっこのエロオヤジ…っ!!」
みたいな会話を入れたかったんだけどそんな風になる前に終わったね!仕方ないね!!
エロは…書けないです…グフッ_ノ乙(、ン、)
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