今日は調子にのってもう一つ書いてみます。
藪からスティックですが、実は兄弟ものって苦手だったのです。が、あるweb小説を読ませていただいて食わず嫌いだったなぁと思い知りました。

ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、異世界王朝で、兄弟で、緑土なお話です。
ここで人様の作品を勝手に紹介してしまっていいのかわからないため、ぼやっとした表現ですみません。はじめて読ませていただいたのは3年前で、先日読み返したのですが、やっぱりものすごいです。読み終わるまで寝不足とハンカチが必須な私です。
とりあえず先ほどの三つ目のキーワードが最重要なので、気になった方は是非!

なんと書籍化されるそうです。おめでとうございます!楽しみです!!また泣くんだろうなぁ!

というわけで、一人で大盛り上がりの弟×兄のお話です。ご紹介した作品とは設定から大違いです。ご注意を。

*****


「駿(すぐる)兄ちゃん。俺、あの実が食べたい」

それが、すべてを狂わせた言葉だった。

「うーん高いなぁ。勝(まさる)はここで待っておいで」

優しい兄は、たいして木登りが得意でもないのに、俺の願いを叶えるべく、あの細い手足を懸命に使ってあの実を取ろうとしてくれた。
何の実だったか、どういうわけか思い出せない。

実をもぎって、ほっとした兄の顔はとても覚えている。ぐらりとかたむく体も、俺を見つめながら逆さに落ちていく瞬間も全部。

「にいちゃん!兄ちゃん!!」

あの時、すぐに走って助けを呼びに行ったら、未来は変わっていたのか。
しかし俺は間抜けにも、ただただ泣き叫び、頭からドクドク血を流す兄の体を揺すっていた。

尋常ではない俺の泣き声に村の誰かが気付いてくれて、わりあい早く助け出されたらしいが、俺にはずいぶん時間があったように思う。
とにかく父も母も、真っ青な顔で、医者と、それから仏様に何度も拝んでいた。「お願いします。どうか命だけは助けて下さい」と。頭がよくて、ゆくゆくはこの村を束ねる器量を持っていると自慢の兄だったから。
何も出来ない俺も、一緒に拝んだ。

その甲斐あってか、兄は一命を取り留めた。
目が覚めた兄は、父も、母も、もちろん俺のことも、わからないようだった。
頭を打った衝撃が強かったのだろう。医者はそういって、気長に構えるように両親を説得していた。
しばらくすると兄は、俺たちの顔を思い出したようで、顔を見れば父を「お父さん」母を「お母さん」俺を「勝」と優しい声で呼んでくれるようになった。俺も両親も心底安心した。

しかしそれが本当の回復ではないと気付いたのは、兄がようやく床から起き上がれるようになったころ。
俺はその日、友達の吉太の家の馬が、仔馬を産むところをどうしても見たくて、吉太の家に泊まることにした。

これがなかなかの難産で、仔馬が産まれたのは次の日の夜の遅い時間だった。結局もう一日、吉太の家に世話になってしまったが、一生懸命立ちあがる仔馬の姿はとても格好が良かった。
そして次の日の朝、早くこの感動を伝えたくて、朝飯も食べずに俺は自分の家に走る。

しかし俺を見た兄は、いつものように「勝」とは呼ばずに、首を横に傾げた。

「君は、だれ?」

母は悲鳴をあげて、「あなたの弟よ!勝でしょ?わかるでしょ?」と兄の肩をガクガク揺さぶった。父はただぼんやりとその様子を見ていた。

兄、駿の記憶が丸一日と持たないことがわかると、両親はそれを村の人間に隠すことにした。
家から一切出ないように言いつけると、両親は俺を長男のように扱い始めた。まるで駿という長男がいないみたいだった。
俺は、兄を、確かにここにいる兄を、いなかったように扱うのはどうしても嫌だった。
同時に、そう振舞える父母が怖くなった。だが、それを覆すには、俺は頭が悪かったし、子供だったからできなかった。

両親が兄と食事をしたがらないので、奥の部屋でほとんど毎食、俺は兄と飯を食った。



***


それから10年くらいの時が経った。
家から出してもらえない兄は、色が白く、腕も腿も俺の太さの半分もない。顎がすっとしていて、村のポチャポチャした娘たちよりも、俺は兄のほうが美人だと常々思った。

俺は駿を、兄と見られなくなっていた。
体を動かさず、食も細いせいで、体の成長が遅いのか、兄に男の印が出たのは、なんと俺よりも後だった。
ある朝、真っ赤な顔で、「勝、誰にも言わないでおくれ」と困惑して泣く兄の姿に、俺はもう、一生この人と離れて暮らすまいと誓った。忘られてなるものかと心に誓った。

しかし、村を大不作が襲った。今年だけではない。去年もだ。もう領主のところにも蓄えはないらしい。そんなことはないだろうに。
俺を含め、村の若い男たちは、揃って出稼ぎにいくことになってしまった。兄は病弱だと言われて免除されたが、このままでは何日も兄と離れ離れになってしまう。兄は、俺を忘れてしまう。

俺は考えに考えて、兄に、俺の絵を描かせた。家の中で兄が唯一出来ることと言ったら、筆を持つことだけだったので、自然と兄は絵が上手になっていた。
そっくりに描かれた俺の顔を見て、兄は「これを毎日見れば忘れない」と喜び、更にはその紙の端に、俺の名前と「私の記憶は一日しか持たない」と丁寧な字で書いた。兄には酷なことだろうが、俺は兄の状態を正しく教えていた。毎日教えたので、兄はそれを理解していた。

俺は出立の前の晩、兄を外に連れ出して、抱いた。
兄はオロオロしていたが、俺が「寂しいからこうしたい」と言うと、何も知らない兄は「寂しいときはこうするのだな」と頷いて、俺にしがみついてきた。


「あぁ、勝、勝…、苦しい…」

「もっと俺にしがみついて、もっと爪を立ててくれ」

「でも、んぁ、ア、いた、痛い、だろ…?」

「いい。兄さんがつけるなら、いくらでも我慢できる」

「ぁあ、んァ…、勝、早く、帰ってきてくれ。俺も、寂しい…」

「駿・・・、」

***


翌日、俺は後ろ髪を引かれながら村を出た。栄えた町にはいろいろなものがあって楽しそうだったが、俺はどうにか早く稼いで村に帰りたかった。だが、そう簡単に稼げるものでもなく、なかなか帰れなかった。

ようやく帰ってきたとき、兄が家からいなくなっていた。
両親を問いただすと、とうとう自分たちの食べる物がなくなって領主の家に働きに出したという。何も教えられなかった兄がまともに働けるはずもなく、それがどのような意味を持っているかわかっている両親を、よくぞ俺は殴り飛ばさなかったと褒めてやりたい。
俺は知っていたのだ。領主の息子が、兄よりも少し年のいった男が、取り立てのときに偶然兄を見て気に入っていたことを。

俺は慌てて領主の家に走った。応対したのはやはり領主の息子で、俺に賭けをもちかけてきた。

「君の兄上が、君を覚えていたら帰してあげよう」

「兄に何をした…」

舌打ちする俺に、領主の息子はニコニコ笑って、お前の兄は可愛いなと言った。

「面白い絵を持っていたからな。借りていたら「忘れるから返して」と泣くので、私が弟だと言ってやっただけさ」

息を飲んだ。この男は兄を騙したのだ。領主の息子が「寂しいからと抱きついてくるのは可愛かったぞ」とクスクス笑うのを、頭から湯気をあげて睨んだ。
どう考えても俺が不利だ。しかし兄は取り返さなければならない。忘れていようが構うものか、会った瞬間、そこらじゅうに居る人間を張り倒して逃げる、そう思いながら兄が連れてこられるのを待つ。

障子が開いて、兄がやってきた。目が真っ赤だ。泣かされたのだろうか。
俺はゴクリと唾を飲んだ。兄はきっと、俺のことを覚えてはいない。

しかし、俺の顔を見た兄は、

「勝!!勝!!」

そういって顔をくしゃくしゃにして俺に抱きついてきた。どういうことかと俺が目を白黒させていると、領主の息子は至極つまらなさそうに「残念」と言った。

「君の兄は、記憶は続かないが頭は悪くない。普段から見る君の絵の他に、もしものときのためにもう一枚描いて、帯にでも縫い付けていたようだ。
おととい突然「お前は弟じゃない!勝じゃない!」と泣きながら暴れられて、大変だったよ。

あぁ安心してくれ。私は綺麗なものを愛でるのは好きだが、男を抱くのは趣味じゃないのでね。何もしていないよ」

領主の息子が何か言っていたが、俺は泣きじゃくる兄を抱きしめるので忙しく、領主の息子を殴り飛ばすのはやめにした。

それにしても、おとといに俺の絵を見つけたのなら兄は丸一日以上、俺を覚えていたことになる。後からの絵も、あの領主の息子が隠したと言っていたから、兄は必死に俺を忘れまいと頑張ったのだろう。悔しいことだが、この緊急事態は兄の記憶力を上げたらしい。

とにかく俺は賭けに勝ったので、兄は領主の家から解放された。手を繋いで、歩きながら俺は兄に提案する。

「兄さん、この村を出よう。ここにいたら、また不作が続いて、今回のようなことになるかもしれない。

だから、この村を出てしまおう」

「勝と、もう離れないですむのか?」

震える兄を抱きしめて、俺は大きく頷いた。もう兄が覚えている人間は俺しかいない。領主の家に行ったことで、兄は両親すらも忘れていた。だから俺も、両親を忘れようと思う。両親だって、兄が忘れるのを承知で外に出したのだ。
俺は兄の居場所のないあの家に、帰る気はなかった。

***

年老いた両親が探しに来れないような遠くへ俺たちは旅に出た。その道々で、初めての外の世界に触れ、兄は楽しそうに絵を描く。ある時からそれを売ってほしいと言われ、俺が間に入って売ってやると、旅の資金が出来た。



「兄さん、にいさん…」

「ん?また寂しいのか?ふふ、勝は一緒に居ても寂しがり屋だな」

「うん。寂しいんだ。早く温めてほしいんだ…駄目か?」

「駄目じゃないさ。ん、あふ…、あぁ勝、まさる…」

ひとつところに留まることはできないが、俺は兄がいればどこでもいい。
人が、それは間違っていると言っても、俺たちにはこれがいい。死に逝くまで共にいよう。