挑戦するところから、始まる、と思う。

そして、結果を見た二歩目で、自分の力の限界を知る。

ただそこで、自分を否定的に見るのでは、
世の中挫折だらけになるから

自分の力を見る。
否定的にというか、
向上心を持って、というのかな。

だいたい「自分クソやなあ」と思う日々なのだけれど、
伸びしろとみるか、あきらめるための言い訳かは、
人によってちがうのだろうなあ。


私は、地元に帰りたくて、
地元の人たちと一緒に仕事をしたくて。

けれど、それは、望まれていないかもしれないから、
(両親にとっては??)
故郷を離れて、働いている。

大学時代のボランティアも、社会人の今も、
どこか「他人事」であり、「当事者」ではないような気がしている。

「どこでも頑張れる人が、本当に力のある人だ」という
美学を掲げていたときもあったけれど、
「どこでも」なんて理想であって、
自分の夢や希望と結びついていなければ、どこであってもしんどいのではないか。

夢や希望と結びついていれば「どこでも頑張れる」のではないか。

けれども、見通しの立たない世の中だから、
産むが易しだよ。
地元に戻って、仕事をするのが一番てっとり早いのかもしれないと考えている。

支離滅裂。

大学時代のボランティアも、私にとって大切にしたい場所であって、
それは、多くの仲間が、今もその場所を支えてくれていたり、
多くの子どもたちが「また来たい」と希望を持っていたりするからなんだよね。

大切なモノが、人生とともに変わることも、あって当然。
私は、故郷の大人たちと、同世代と一緒に仕事をしたい。
同世代が仕事をするには、まだ若すぎるのかもしれないから、
今のうちに力を付けて、議論しあって、おくべきなのかな。