幸佐です



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闇が広がっている。伸ばした手が闇に溶けていく。慣れた世界。この世界に生きることを諦め受け入れたのは年端もいかない頃であった。
ぴちゃりと垂れたそれが何色なのかも俺にはわからない。この暗闇ではただ心を殺していればいい。そうして生きて、いつかこの暗闇に溶けて死んでいく。それでいい。
そう信じていたのに。暗闇に生きるべきだと知っていたのに。触れた温度がとてもあたたかくて、これが生きていることなのだとアンタの指先が教えた。触れた肩が暗闇のなかでみえるようになった。
アンタのために伸ばした腕が炎を灯すように明るくなった。アンタの髪を結うために指先を伸ばした。そうして指先がみえるようになった。指先は真っ赤に染まったままだった。何百の人の血を吸った指先だった。伸ばした指を引くとその腕をアンタの手が掴んだ。引くことは許さないと言った。このあかはお前が生きるためのあかなのだと、その業は俺の背負うべきものであると、だから引くな、と言った。触れた髪が真っ赤に染まることを許した。けれどその髪は触れても触れても穢れない。あぁ、アンタはこんなどす黒いあかには染まらないんだと、アンタのあかはだれにも染まらないほのおのあかだった。
何故だかひどくうれしくて、俺は嗚咽した。泣き方はもう忘れてしまったから涙はでない。どうした?と覗き込んだ姿は髪だけが揺れている。伸びた腕が俺の頬に触れ泣いているのか?と問う。違うよ、そう絞り出すように答えた。揺れる髪が近づいて額に何かが触れる。顔を上げると笑うアンタがみえた。そう、この暗闇でやっと俺はアンタの顔がみえた。おれの、あるじ。
「旦那…?」
「母上がな、俺が泣くといつもこうしてくれたのだ。安心するようにと」
「俺様泣いてないって」
「泣いておるではないか。俺にはわかる」
そうしてもう一度主の唇が俺の額に触れた。撫でるように髪に埋めた指がこそばゆい。
「くすぐったいよ旦那、俺子供じゃないんだから」
「おお、笑った!」
佐助には笑っていてほしいのだ、と主が言う。黒く濁った暗闇はこのほのおが消し去ってしまった。
この主の、旦那のためにおれはこの手を黒く染めよう、と。
いつか終わるときももえるあかの中で死んでいきたい、と。
気が付くと漆黒の闇にはひかりがあふれていた。あかい、おれのひかりが。

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何年ぶりかに書いた。相変わらず書きやすい。かわうい。
佐助の比喩みたいな内容なのでよくわからないかもしれないですけどまあ書きたいとこだけ