外(土井きり利)




息を殺して、中を伺う。
きり丸の明るい笑い声が耳に届き、私は自嘲気味に薄く笑った。

中で楽しそうな二人と、その外でそれを伺っている私。
ここには境目がある。
物理的に分けられているのではなく、心理的に分けられているのだ。
物理的なものなら簡単に進入出来ると言うのに、目に見えないこの境界線はどうにも私を阻む。

ざわざわと木々を揺らす冷たい風に吹かれる境界線の外。
だが、吹く風なら耐えられる。
私はいつの間にか止めていた息を静かに吐き、目の前の戸を叩いた。

「あ、利吉さんっ! こんにちは!」
「…やぁ」

戸を開けてくれた愛しい子が私に微笑み掛ける。
耐えられないのは…。

「ああ、利吉君。こんにちは。きり丸、お茶だ」
「はーいっ」

私が耐えられないのは、中に入ったのにまだここは外だということ。
さて、どうやって攻めようか。
考えていると、薄いお茶を持ってきたきり丸がにこにこと言った。

「今ちょうど利吉さんの話をしてたんですよー。そろそろ遊びに来てくれるんじゃないかって」

笑って私を見上げる。
この顔は。何か企んでいる顔だ。
きり丸が考えていることは主に金儲け。アルバイトだ。

「…何をすれば良いのかな」
「さっすが、利吉さんっ! 嬉しいですありがとうございます助かりますやったー」

まだ引き受けるとは言っていないはずなのに、きり丸は早口でまくし立てて私の手を握った。

「こらこら、せめて利吉君がお茶を飲み終えてからにしなさい」

窘める声は弱気だ。
いつもなら私にアルバイトを押し付けるなときり丸を怒るところだが。
まぁ、それもそのはず。

「造花の内職、手伝って下さい。納期が明日なんすよ。最低一人二箱。頑張りましょーっ」

眉を下げたきり丸に渡された箱は、呆れるほど大きかった。

「申し訳ない、利吉君にまで手伝わせて」
「お気になさらずに。きり丸と私の仲ですから」
「俺と利吉さんの仲ー?」

手を動かしながらさらりと言ってみると、向かいに座っていた恋敵はぴくりと眉を動かした。

「きり丸。利吉君はお客様、なんだからな」
「分かってますよー」

余所者扱い。そうはさせない。

「いえ、もう外の立場では我慢出来ませんから。中へ入らせて頂きます」

私ははっきりと言葉にして意志を伝えた。伝わるだろうか。

だって、外は寒いんですよ。
恋敵は珍しく怒気を込めた目で私を睨んだ。どうやらこちらの意を汲み取ってくれたらしい。さすが。
私も負けじとその目を見返した。
その間で楽しそうに笑ったのは、何も分かっていないきり丸。

「わぉ。何かよく分からないけど、利吉さん、やる気満々じゃないっすか」

単純に喜んでいる。私も笑顔を浮かべた。

「喜んでもらえて嬉しいよ」
「俺も嬉しいっ。土井先生以外にこんなこと頼めるのは利吉さんしかいないもん」
「私しか…」

嬉しい言葉に思わず手を止めてきり丸を見詰めた。そこへ入ってくる恋敵の無粋な声。

「きり丸。愛想笑いも良いが、手が止まっているぞ」
「…はーい」

私も急いで手を動かした。だが、やはり笑みは零れる。
強かな恋敵の部分は余計だけど、“利吉さんしかいない”は良いね。
是非また言わせたい。
もっと聞きたい。

そうやって、境界線を段々と薄くして、最後には消してしまえば良い。
心配ない。すぐに私が新しい境界線を引いてあげる。
…だけど、今はまだ外。
私は恋敵の目を盗んで、愛しのきり丸へ視線を送った。
きっとこの体が冷え切る前に内に入ってみせる。だから、その時はその手で私を暖めてくれ。

視線を感じたのか、きり丸はふと顔を上げて私を見た。
幸いにこの境界線は笑顔を阻まない。
私はとっておきのそれを外からたっぷりと送った。





終わり。
利吉さん、43巻…一度もお出ましにならなかったですね。
土井きりに次ぐ王道利きりだと思ってるのに、萌えが少なくて泣けてしまう。
予約はお早めに、が見たいです。












-エムブロ-