敵と味方(成長しぶきり)




「止まれ」

後ろから降ってきた声にしぶ鬼が振り向けば、闇に滲む影が見えた。
立ち止まって影を見詰める。しかし、しぶ鬼は相手の顔を確認せずとも声でその正体が分かっていた。
例え長いあいだ会ってなかったとしても忘れるはずがないのだ。
別方向への陽動作戦にも惑わされずこちらの経路を使うと見破ることの出来る相手。
容易に隙を見せてはならない危険な忍務中でありながら、しぶ鬼は全身の力を抜いた。

「あらら、見つかっちゃったかぁ。敵わないな、きり丸には」

零れ落ちた名前は、彼が以前情を交わした男のものだった。だが、しぶ鬼がおどけて見せたにも関わらずその表情は冷たい。

「学園にはもう来るなって言っただろ」
「うーん、きり丸の言うことなら聞いてあげたいんだけど、そうも行かないんだよね。敵同士だからさ、僕達」

ドクタケと忍術学園。元より考え方が異なる。過去も、そして未来もきっと対立するばかりだ。
諜報活動としての学園潜入も当たり前に必要だ、としぶ鬼は思っていた。
何も知らなかった頃のままではいられない。それでも、心を亡くした訳じゃなかったのだ。ぴりりとした空気を感じて、凄く、痛い。
相手も同じだろうか。彼はきり丸を見詰める。美貌は変わらない。ただ縄標を構える手が小さく震えていた。

「武器を捨てろ、しぶ鬼」

ああ、愛しい。かつてすべてを失くした経験からか冷たく尖った振りをするきり丸が、本当は脆いほどに情け深いことをしぶ鬼は知っている。それを愛したのだ。
だから、言ってしまった。

「……分かったよ。大人しくする」

しぶ鬼は得物である近接武器の鉄双節棍を投げ捨てた。
きり丸がそんなしぶ鬼に近付く。

「動くなよ」

そう言って縄を取り出し、しぶ鬼の両手首を掴んだ。次の瞬間。
しぶ鬼はきり丸を腕の中へ閉じ込めた。
驚いて暴れようとする体をきつく抱き締める。離さない。肩に顔をうずめた。

「何してんだっ、放せ!」
「きり丸。何で俺達は敵同士なんだろうな」

囁きに身を固める素直さに焦がれる。好きだ。今でも。
愛しさ募る敵へ。素早く口付けを一つ。

「なっ」


そして、しぶ鬼はごめんと謝る。

「え、あ、待て、しぶ鬼こら!」

なぜなら動揺して反応が遅れたきり丸を容易く縄で縛り上げたからだ。しぶ鬼を捕らえるはずだった縄で。

「またね」

捨てた鉄双節棍を拾い上げ、にこやかに笑う。

「ちょっ、馬鹿しぶ鬼ぃ!」

怒鳴るきり丸に手を振ってしぶ鬼は学園の塀を乗り越えた。










「遅かったな」

落ち合う場所と決めた一本松の下でふぶ鬼はだいぶ待っていたらしい。しぶ鬼の顔を見た早々に文句を垂れた。
しぶ鬼はへらりと軽い笑みを返す。待たせた理由に反省する要素はない。

「いやー、ばったり友人に会っちゃって」
「友人?よく言うよ、今でも好きなくせに。大体あの道を使ったのもちょっと会えること期待してたからだろ」
「あ、ばれた?」
「ばれるよ。何年一緒にいると思ってんだ」
「あはは、ごめんごめん」
「“ご友人”は元気そうだったかい?」

怒りながらもどうやらふぶ鬼は遅刻を許してくれるようだ。事情を知っている寛容な友人に心の中で感謝する。

「相変わらず、美人だったよ」
「そうだろうね」

二人は指笛で愛馬を呼び出し、ひらりと跨るとドクタケ領へ向けて手綱を取った。駆け足。
縛られたきり丸は今頃とっくに縄抜けして大層腹を立てているだろう。想像してしぶ鬼は知らず相貌を緩ませる。

「…………あー、やっぱり好きだなぁ」

零れた呟きは小さく、風を切って進む景色へあっと言う間に紛れて行った。










この後しぶ鬼はきりちゃん攫うとかそんな話。












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