チョコレートの話(現パラ金きり)




背が伸びた金吾は最近女子の間で人気らしい。特に上級生から。
剣道部期待のルーキーなのに甘ったれなところが母性本能とやらをくすぐるようだ。
欠伸を噛み殺しながら廊下を歩いていたら、今日も教室前で朝から俺の知らない上級生に声を掛けられていた金吾を目撃出来た。
ちょうどその上級生が去ったので俺も金吾に声を掛けてみる。

「よぉ、金吾」
「あ、きり丸、おはよ」

金吾は彼女に何を言われた(まぁ大体察しはつくが)のか困った顔で俺を振り返った。
だから聞くつもりはなかったのに聞いてしまった。

「どうした」
「……今日の放課後、教室で待っててくれって」
「べただなぁ」

思わずにやにやしてしまう。朝特有のざわ付いた廊下に俺達は立ち話。
今日は、バレンタインデーだ。チョコレート以外に話題はない。

「良いじゃねーか、チョコレートだろ。貰っとけよ。……タダだし!」

俺はタダを思って頬を緩めたが、金吾は俯いた。

「でも、今の人、誰だか知らないし」
「気にすんなよそんなこと、タダだぜ?」

金吾の肩を叩き、タダ、と繰り返す。良い言葉だ。
しかし、金吾は俯いていた顔をぱっと上げて言った。

「それに僕」

こちらを真っ直ぐ見る金吾はきりりと格好良い。

「貰いたい人からのチョコレートじゃなきゃ受け取りたくない!」
「ふ……ふーん」

相槌を打ちながら俺は苦笑いを零した。
そんなこと言って、実際チョコレートを渡されたときに金吾がそれを断れるはずがない。金吾は優しいから。俺はそんな金吾を可愛いと思う。
女子は金吾のそういうところを好きになるんだろうと思いながら何気なく聞いてみた。

「で、金吾がチョコレート貰いたい人って誰?」

そして。
すぐ後悔した。
金吾がとても情けない表情を見せたからだ。
忘れてた。金吾がチョコレートを貰いたい相手。
思い出した。金吾がチョコレートを貰いたいほど好きな相手。
俺は金吾を見上げて頭を掻いた。

「いや……あー……相変わらず俺か」

訊ねると金吾は情けない顔で微笑んだ。
そう、金吾が好きなのは他でもない、俺なのだ。
小さい頃余所から引っ越して来た金吾は今よりもずっと甘ったれで泣き虫だった。そのせいで当時なかなか周りに馴染めなかったらしい。
からかわれて泣いていた金吾に声を掛けたのが俺だったのだ。同級生を軽くあしらった俺を見て金吾は格好良いと思ったらしい。

格好良い。好き。大好き。俺に懐いた金吾はそれらの言葉を屈託なく並べた。言われ過ぎて聞き慣れた言葉。
俺も俺で素直な金吾を可愛がって退けなかった。
そんなわけで、剣道部で鍛えても背が伸びても変わらず甘ったれな金吾は、今だって俺に面と向かって好きだと言う。

ついでに、チョコレート云々の話は去年もしたのだ。
金吾は言った。きり丸からのチョコレートが欲しい、と。
俺は無理だと即答したが。
きっと金吾の思考回路は去年と同じ、変わっていないのだろう。そして俺の返事も変わっていないことを知っていて、情けない顔をして見せたのだ。
馬鹿、と呆れて呟いた。

「どケチの俺が、あげるわけないだろ」
「お返しはちゃんとするよ、ホワイトデー」
「…………」
「きり丸の好きな物をあげるよ」
「……まじか」

俺が金吾の思考を読めるように金吾も俺の思考が読めるらしい。なかなか手強い。

「僕はきり丸がくれるならチロルチョコでも良いんだ」

ああ、健気で可愛い金吾。
たかが10円、されど10円、でもやっぱり10円。10円。
考えていると予鈴が鳴った。話を切り上げて教室に入らなければならない。
決心して答えを導く。

「よし、金吾、放課後コンビニ寄ろうぜ。チロル買ってやる」

自分の語尾に脱力しそうになったが何とか堪えて俺は教室に入った。金吾も笑顔で後に続いた。
そうやって俺達のバレンタインデーは多分に漏れずチョコレートのことばかり考えている。












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