六年生の子守唄の段(文+こへ+長+きり)




※16期5/23放送分。





「お〜い! 乱太郎、しんべヱ!」
休日。きり丸はいつの間にかどこかに行ってしまった友人二人を探していた。
部屋にいない。思い当たる場所を探してみたが、やっぱりいない。
きり丸は困っていた。
「どーこ行ったんだ? あの二人」
どうしても二人の力が必要なのに。
そう。
きり丸は二人の手伝いを当てにしてアルバイトを引き受けたのだ。
だから、見つからないと非常に困る。
溜め息を吐いて、きり丸は校庭に降りた。
一年生の青い制服を探してきょろきょろ歩く。
「弱ったなー。子供六人の子守プラス洗濯のアルバイトなんて、俺一人じゃ無理だしなぁ…」
注意力散漫なきり丸がぶつぶつ言っているときだった。
「ん? あいたっ」
前に人が立っていることに気付かず、飛び込むように思い切りぶつかってしまった。
濃い緑色の制服。見上げると、それは知った顔。
「あっ、七松先輩」
きり丸に名前を呼ばれた七松小平太は、不思議そうにきり丸を見下ろしていた。



「…って言うわけなんすよー」
きり丸はちょうど良い岩に座って事情を話していた。
隣には並んであぐらをかく小平太。
きり丸の話を聞いた小平太は、少し考えて。
「じゃあ、私が手伝ってやろうか?」
自分で頷くように言った。
その申し出にきり丸は目を見開く。
「えっ? 七松先輩が?」
「いや、な。今日はすっかり暇してて力が有り余ってるんだ」
小平太はにこにこ笑顔。よっ、と勢い良く岩を飛び降りた。
何のためか、足を伸ばして準備運動までしている。
少し慌ててきり丸も岩を降りた。
頬に指を当てて言ってみる。
「あの〜、お気持ちはありがたいんですが。七松先輩じゃ子守は難しいのでは…」
すると、小平太はずかずかときり丸に近寄り、不機嫌そうに声を荒げた。
「何?! 私には出来ないだと?!」
「あぁぁ…いやいや、そうじゃなくて…」
しまった。怒らせちゃったぞ。
年の離れた上級生に迫られて、きり丸は思わず腰が引く。
六年生と言えばほとんどプロの忍者。一年生は逆らえない。
もう、乱太郎としんべヱはどこ行ったんだ?
今さらながら友人を恨んでみるきり丸。
そんなきり丸に声を掛けたのは、しかし、またもや六年生だった。
「俺達も、手伝っても良いぜ?」
「潮江先輩! 中在家先輩!」
小平太の隣に並んだのは、潮江文次郎と中在家長次。
どうやら話を聞いていたらしい。
「休みの日は退屈でしょうがないんだ」
文次郎がどこか楽しそうに言えば、長次もぼそぼそと囁く。
「……」
「中在家長次も“暇だから行きたい”と言っている」
六年生に逆らえない一年生の立場を分かっているのかいないのか、文次郎が朗らかに宣下。
きり丸は口を挟む暇もなく、話はどんどん進む。
「よ〜し! そうと決まれば、さっそく外出許可証を」
「我々も、着替えて…!」
と、それぞれ散っていく六年生。
嬉々としたその後ろ姿に、取り残されたきり丸の中で生まれる不安。
「…大丈夫かなぁ」
気付いたら心もとない呟きを漏らしていた。




じゃあお願いね、と母親がきり丸へ子供を託し、出掛けていく。
「はい。分かりました」
きり丸は愛想良く請け負って、家の外に並んだ子供達を見詰めた。
全部で六人。まだ皆小さく、一時も目の離せない年頃だ。
だが、六年生は張り切っている。
「よぉし! いけいけどんど〜ん、で子守だ!」
「ぎんぎんに遊んでやるぞ!」
小平太と文次郎が気合いを表に出し、長次もそれに続く。
「……」
小声でぼそぼそと。
「ほぇ…?」
何を言ってるんだろう、と長次に近付いたきり丸の耳に届く低い声。
―…今日は楽しい一日になりそうだ。
きり丸は気が抜けて、思わず勢い良くこけた。



とにかく、アルバイトは子守以外にも預かった洗濯物がある。
忙しいのだ。手伝ってもらうしかない。
何とかなるだろう、ときり丸は子守を六年生に任せることにして、山盛りの洗濯籠を抱えた。
「じゃあ、僕は洗濯してきますから。子供達のことよろしくお願いしま〜す」
そして、向かうのは目の前を流れる川。
河原に座って腕を捲っていると、すぐに子守を始めたらしい小平太の声が届く。
「よ〜し、皆おいで! お兄ちゃんがお手玉にしてやろう!」
うん、と元気に返事をする子供達。
洗濯物を取り出しながら、きり丸はそっと微笑んだ。
「七松先輩、結構優しいところがあるじゃん。“お手玉にしてやろう”なんて…ん?」
小平太の言葉にふと覚える違和感。
無意識に動きを止めて言葉を繰り返す。
「お手玉にしてやる…?」
振り返ってみると、やはり想像した通りの光景が目に入った。
「ぬぁあ〜っ!」
「ほぉら、どうだー?」
それは有り得ない光景。三人の子供をお手玉にする小平太の姿だった。
いけどん言いながら、見事な曲芸を披露している。
血の気が引く思いできり丸は小平太の元へ走り寄った。
「七松先輩!」
「ん? どうした?」
全く悪びれていない相手に声を上げて抗議。
「何てことするんすか!」
「お手玉にしてただけだが」
「しないで下さいっ!」
半分涙目のきり丸を見て、小平太がゆっくりと抱えていた子供達を降ろす。
子供達は笑顔だった。
「え…しかし、うんと喜んでたぞ」
そう、笑顔で楽しそうではあったけど。
だけど、普通は子供をお手玉にするという発想は浮かばない。
説教決定、ときり丸は小平太を見上げた。
「喜んでても、危ないでしょ!何を考えてるんすか子供を落としたりしたら大変なんすからね」
両手を腰に当てて言い募る。文句を言う。
それでも何故か嬉しそうな小平太の代わりに、子供達を引き連れていったのは文次郎。
「さぁ、こっちへおいで」
ぞろぞろと子供を従えて歩いていく。
長次はその様子を見ていたが、寡黙なので何も言わなかった。
だから、小平太ばかりを見詰めていたきり丸は、気付くのが遅れる。
「だいたいねぇ…あっ」
悲鳴と共に逃げる子供達。
その子供達を追い掛けて、ぶんぶんと竹刀を振る文次郎。
竹刀と言えど、光って見えるほど太刀筋が鋭い。
これが悪人相手なら、拍手喝采、はやし立てもするが…今は違う。
またもやきり丸は血相を変えた。
「なななな、何してるんすかぁ!?」
「たーっ、てやーっ、とうーっ、」
何て人だ、ときり丸はまた半泣き。
危険人物と化している文次郎を猛然と追走。背後に子供達を庇う。
「潮江先輩、止めて下さい!」
「いや、これは…」
きり丸が子供達との間に入って、やっと立ち止まった文次郎。
すかさずきり丸は口を開く。
「子供に向かって木刀振るなんて、やって良いことと悪いことが…」
あるんです、と言おうとしたとき、誰かに後ろから袖を引かれた。
そちらを振り向けば、子供が小さな声で言った。
「違うの。これ」
小さな指で示した先には、羽を切られて地に落ちた数匹の蜂。
それを見て、きり丸は悟る。
「あ…蜂をやっつけてたんすか」
「そうだ」
木刀を懐紙で拭きながら得意げな文次郎。
動く蜂の羽を狙ったその腕前。確かに得意に思って良い。
きり丸はちょっぴり尊敬してそんな文次郎を見上げた。
「あ〜、びっくりした。脅かさないで下さいよ」
すると、文次郎は機嫌良くきり丸の頭に手を置き。
「きり丸。そう心配するなって」
そのままぐりぐりと頭を撫でた。
きり丸は為すがままにされながら、思う。
そんなこと言われてもなぁ。危険行為には変わりなかったし。
心配は心配だ。
やっぱり微妙な表情しか浮かべられなかった。



「やっぱり七松先輩と潮江先輩に頼んだのは間違いだったかな…」
再び洗濯に戻ったきり丸は、ごしごしと着物を洗いながら少し後悔していた。
普段は闊達で明るい顔が今日は曇りがち。
それも、常識のずれた小平太と文次郎が無茶ばかりしてくれるからだ。
「ま、中在家先輩がいてくれたのは、ラッキーだったけど」
今は中在家長次が子守をしているはず。
長次は他の六年生のように無茶なことはしない。
図書委員会で一緒にいることも多く、きり丸は長次のことをよく知っていた。だが。
「聞こえないよぉ」
「お兄ちゃん、もっとはっきり」
幼い子供特有の甲高い騒ぎ声。
「何だ?」
不思議に思い、きり丸は振り返ってみる。
視界に入ったのは輪になって座っている長次と子供達だった。
特に問題ないみたいなのに。
きり丸はひとまず様子を見に行くことにした。
長次に近付くと、何やらぼそぼそ言っている。
「な〜にやってるんすか? あぁ、絵本を読んであげていたんすか」
覗き込むと、長次の手元には絵本があった。
「…うん」
こくりと頷く長次。
しかし、子供達は次々ときり丸へ訴えた。
「でも、聞こえないの」
「全然聞こえないの」
どうやら長次の声が子供達には届かないらしい。
そうだ、中在家先輩は声が小さいんだった。
きり丸は絵本を読み出した長次に顔を近付け、その低い声を聞き取る。
「……」
「え、えーっと、“昔々あるところに”」
「……」
「“おじいさんとおばあさんがいました”」
子供達に分かるように通訳しながら、きり丸は微笑んだ。
「……」
「“おじいさんは川へ”」
声を張ることのない長次へ再び顔を寄せ、ふと気付く。
「って…これじゃあ僕が子守してることになっちゃうでしょー!」
洗濯が終わらない。意味がない。
だが、きり丸の言葉に長次が黙って落ち込んだ様子を見せ。子供達を見れば、そちらも何だか沈み切っていた。
これはまずい、ときり丸は明るい声を出す。
「先輩。子守なんですから、笑顔でやんなきゃ。ほら、もっと笑って笑って!」
「ふ、ふ、ふ…」
長次はきり丸に従順である。
すぐ言われた通りに笑い出した。
うっすらと笑みを浮かべた長次に、元気のなかった子供達も注目。
きり丸は雰囲気を少しでも良くしようと、普段からあまり笑わない長次を煽ってみた。
「そうそう。もっと元気良く、笑って笑って!」
「はは、あははは」
そして、長次のスイッチが入ってしまった。
立ち上がって、笑い出す。
「うははははははは!」
それ以上ないくらい不気味な顔で。
斜堂先生を思い起こさせる、どよーんとした空気まで背負って。
まさに、衝撃的。無駄に迫力がある。
きり丸がそんな長次を見上げたまま固まっていると、子供達は怖がって騒ぎ出した。
慌ててきり丸は我に返り、笑う長次を止める。
「えっ、あーっ! 先輩、やっぱり笑っちゃ駄目ですぅ」
ぴたりと笑い止んで、再び落ち込む長次。
へたり込んでしまった。そして、今度は泣き出した。
「ぅへぇぇーん」
すると、驚く間もなく、子供達が何故か楽しそうに笑い出す。
「お?」
元気になった子供達。とりあえず、楽しそうなら良い。
はぁ〜、ときり丸は胸を撫で下ろしたのだった。



あともう少しで洗濯は終わる。
そうすれば、きり丸も子守に専念出来る。不安な六年生に任せずに済む。ごしごしと着物を洗う手を動かして、きり丸は決心した。
「とにかくっ、早く終わらせて子供達のところに行かなくちゃ」
だが。
そうしてる間にも、気になる掛け声が耳に入る。
「いけいけどんどぉーん」
振り返ると、子供を背に乗せて全力で走り回る小平太。
洗濯をしている場合ではない。
「七松先輩、無茶しないで下さぁい!」
きり丸は泣きそうになりながら追い掛けたが、相手は体力無尽蔵。
追い付くわけがなかった。
「心配するな。皆喜んでるじゃないかぁ! そーれ、いけいけどんどーん」
「もぉーっ」
満面の笑みでさらりと言う小平太を、それでも追い掛けるしかない。
必死なきり丸。
そこへ追い討ちを掛けるような子供達の声。
「いけいけどんどーん」
はしゃぎながら、可愛く小平太の口癖を真似ていた。
「変な言葉覚えちゃうしぃ〜っ」
冗談じゃない。
口癖が“いけいけどんどん”だなんて、可愛くない子供になってしまう!
そう思ったとき。
「うわっ!」
なんと小平太が小石に躓いて大きく大勢を崩した。
「あぁぁっ」
「しまった!」
勢い余って小平太の背中から放り出さる子供達。
きり丸は真っ青になりつつ、子供の落下位置へ地面を滑るように飛ぶ。だが。
「なーんちゃってぇ」
素早く起き上がった小平太が無事に子供を拿捕。
「えぇー??」
きり丸は突っ込みを入れながらも、勢いを止めることが出来ず、そのまま正面にあった木に顔面を強打した。
「いててて…」
ぶつけた頭を押さえて身を起こす。
顔を上げた次の瞬間、何かがきり丸の目に飛び込んできた。
「えっ!?」
それは自分へ向かって一直線の苦無。
素早く頭を下げた反射神経に、きり丸は今日ほど感謝したことはない。
すとっと小気味良い音を立てて苦無は木に突き刺さっていた。
熟した柿を縫い止めるように。
投げられた方向を見れば、やはり潮江文次郎。
構えてまた苦無を二投。新たな柿を枝から落とし、やはり幹に縫い止めた。
正確なその技にきり丸は驚愕するが。
「僕にもやらせて」
「僕も僕も」
小さな子供の前でやることではない。
「そんなことやらせちゃ駄目〜!」
急いできり丸は突っ込んでおいた。
次は笑う長次。調子良く笑う中在家長次。
「うはははは…」
長次が笑えば、酷いことに子供達もそっくりに笑っている。
怖い。やっぱり怖過ぎる。
「うはははは…」
「そんな笑い方、教えないでよぉう〜」
駄々をこねるように言うが、分かってくれているのか。
休む間なく小平太の方を見れば、苦無を振り回して塹壕掘り。
「いけいけどんどーん」
「七松せんぱーい!」
さらに続いて、文次郎。
「木登りぎんぎーん」
「潮江せんぱーい!」
そしてやっぱり、長次も。
「うはははははは…」
「な、中在家せんぱぁぁい…」
きり丸は。六年生三人に突っ込みを入れまくった。
隙を見て洗濯もした。
へとへとだった。




涼やかな風が干してある洗濯物を揺らす。
そんな中、一日働いて充実感たっぷりの六年生は並んで立っていた。
見下ろしているのは、子供達に混ざって寝てしまったきり丸。
「起きてるときはうるさいが、寝ると可愛いのは、まだ子供だという証拠だな。きり丸」
小平太がそう言って、ござの上で休むきり丸に肌掛けを優しく被せる。
すやすやと眠る顔は本当に可愛い。
「…うん」
腕組みした文次郎は頷いた。
本当に可愛いのだ。
長次も黙って、眠るきり丸に魅入っていた。
帰っていた子供達の母親が六年生に饅頭を勧める。
「さぁ、お疲れさん。たんと食べておくれ。遠慮はいらないよ」
「いただきます!」
そのやり取りで、ようやくきり丸は目覚めた。
ござから起き出して、饅頭を頬張る六年生の元へ歩く。
「あっ、饅頭じゃないっすか」
きり丸もよく働いて、お腹ぺこぺこだ。
一つ残った饅頭に手を伸ばした。
「いただきま、あっ」
しかし、美味しそうな饅頭はすんでのところで奪われる。
「おっと、これは…」
奪った小平太は目を見開いたきり丸に、にやりと笑って見せた。
同じく笑っている文次郎が後を続ける。
「お前を子守した分だ」
長次はもぐもぐと饅頭を口に含んだまま沈黙。
子守なんてしてもらってない、ときり丸は小平太の持つ饅頭に手を伸ばした。
「な、何すか、それ!? ねぇ、ちょ、ちょっと…」
だが、饅頭は放り投げられて、長次の手に。
きり丸が長次へ縋る視線を送ると、饅頭は再び放られて今度は文次郎の手に。
「あぁっ! ねぇ、僕にも食べさせてよっ」
ひょいひょいと頭上を飛ぶ饅頭。
その間で右往左往するきり丸を見て、六年生は楽しそうな笑い声を上げた。





終わり。
神回記念。
結構きりちゃん可哀想な話だと、書いてて思いました。
きり受けっぽかったから気にならなかったけど。
もし食満先輩がいたら、きりちゃんもあそこまで苦労しなかっただろうなー。
難なく子守をこなす食満先輩。感謝するきりちゃん。
…完全な留きりっ!
他の三人の入る余地がなくなりますね。










-エムブロ-