笑顔(文きり)




予算を獲得するならまずきり丸から。

「は? 何だそれ」
「お前、知らないのか? あの話」
「はぁ?」




図書委員会の予算が大幅削減されるという噂。
それを図書委員五年生の不破雷蔵が耳にしたことから話は始まる。
場所は図書室である。

「きり丸君、どうしよう〜」
「本当なんですか?」

おろおろする雷蔵を見上げた一年生がきり丸だった。

「分かんないけど…どうしよう〜。中在家先輩に言うか言うまいか」

悩み癖を持つ雷蔵が悩み始める。

「もし言ったら、図書委員会と会計委員会の全面戦争になっちゃうかも…」
「えーっ、そんなの面倒っすよぉ。って言うか、削減されたらやっぱり困るんですか?」

きり丸は自慢の黒髪を揺らして首を傾げた。
もちろん、と雷蔵は大きく頷く。

「予算がなかったら、活動が制限されるだろう?」
「はい」
「新しい本が買えなくなる。買い出しに行けないよ?」
「えぇっ」

買い出しはきり丸の好きな図書委員会のイベントだった。
用もないのに図書委員長である中在家長次について行く。
なぜなら街に出るついでにアルバイトが出来るチャンスだから。
ついでに、必ずと言って良いほど長次が何かしら奢ってくれるから。

「買い出しに行けない空いた時間は会議になるかもしれない」
「げっ」

会議はきり丸の好きじゃない図書委員会のイベントだった。
会議と言っても、何を話し合うわけでもない。
書庫整理をしたり、返却期限を過ぎた本を調べて督促状を書いたり。
ひたすら地味なのだ。
きり丸は退屈でいつも寝ていた。

「…予算削減、百害あって一利なしっ」

きり丸はぐっと拳を握る。

「へー、よくそんな言葉知ってるね、きり丸君」
「…合ってました?」

うんうん、と雷蔵は笑った。
きり丸も笑顔になる。

「じゃあ、調子良いみたいなんで、行ってきまーす」
「はーい。…え? どこに?」

雷蔵は走り出す小さな後ろ姿について行こうかどうしようか迷って、結局取り残された。



会計委員長、潮江文次郎は横暴である。
地獄の会計委員会と言われる厳しさで有名な暴君。
学園一忍者してる男。

「潮江先輩ー」

その文次郎の部屋に小さな来客があった。

「誰だ?」
「一年は組のきり丸でーす」
「きり丸っ?」

素早く部屋の戸が開いて文次郎が顔を覗かせた。
きり丸は笑顔で文次郎を見上げる。

「先輩にお話が…」
「お、おう。まぁ、入れ」

文次郎はきり丸を招き入れると、辺りをきょろきょろと警戒してから戸を閉めた。

「何の話だ」

立ったままのきり丸を座らせて促す。
文次郎は対面に座った。

「いつも会計委員会のお仕事、お疲れ様です」

きり丸はにこやかに言う。
だが、むすりとしたまま文次郎は素っ気なく答えた。

「お前にねぎらわれる謂われはない。話を進めろ」
「じゃ、遠慮なく…図書委員会の予算が大幅削減されると聞きました。本当ですか?」

きり丸は真面目な表情になる。

「やっぱりそれか」

ぷいっと文次郎は横を向いて、腕組みをした。
それを見てきり丸は察する。

「本当なんですね」

そして、何事か考え出した。
きっと文句を並べ立てるだろう、と思っていた文次郎は予想が外れて驚く。
腕組みを解くと、思わず疑問を口にした。

「抗議しに来たんじゃないのか?」

きり丸は顔を上げてにこりと笑った。

「抗議? 何でっすか?」
「いや、普通予算が謂われなく減らされたら抗議するだろう」
「…謂われないんですか?」

文次郎が目を泳がせながらも首を横に振ると、きり丸はまた笑う。
本当は謂われなどなかった。
ただ、図書委員長である長次から買い出しについて聞いて、予算を下げなくてはと思ったのだ。
きり丸と二人で団子を食べたと聞いて。

気付けば、図書委員会の予算は削減だと宣言していた。
文次郎は自分でも団子が予算とどう結びついたのか分からない。
複雑な思いで、きり丸を見た。

「理由があるなら、仕方ないです。でも…」

きり丸は言葉を切って目を伏せ。
文次郎はその仕草に引き込まれる。

「でも?」
「買い出しに行けないです」

残念そうに言うきり丸に文次郎の表情が険しくなった。

「…そんなに買い出しが好きか」

低い声をだす文次郎へ、怯えることなくきり丸は笑っている。

「はい。だって…あの本、潮江先輩に僕が見繕ったんですよ」

そう言って、きり丸は床に転がっている本を指差した。
忍術学園と蔵書印の押してある本。

「先輩が読みそうだと思って…」

やっぱり借りてる、ときり丸は白い歯を見せた。

「こう言うのって楽しいと思いませんか?」

文次郎は想像する。
きり丸が自分を思って本を選ぶ姿。
自分のために本を手に取る姿。
思わず小さく呟いた。

「…良い」

だが、そのきり丸は溜め息混じりに言う。

「でも、予算が減るなら買い出しは控えないと駄目ですね」

言葉に詰まる文次郎。
想像が儚く霧散していった。

「その代わり、会議が増えるみたいです」

煌めく夜の瞳が文次郎を映す。
もうきり丸は笑っていなかった。

「まぁ、中在家先輩を始め、雷蔵先輩も優しく可愛がってくれますけど」
「可愛がっ、て…」

握り締められた文次郎の拳が小刻みに震える。
それに気付いた文次郎は呼吸を深くして力を抜くと、低い声で宣言した。

「図書委員会の予算削減は無しだ、きり丸。我慢ならん」

きり丸はみるみる笑顔を取り戻す。

「わ、本当っすか?ありがとうございますっ」
「だから、だなっ…そのっ…」

その輝くような笑顔を受け止めきれない文次郎。
軽く仰け反った。

「何すか?」
「いや…あ、また何か良い本を探してきてくれ」
「もちろんっすよ!」

もう一度、鮮やかな笑顔。

「……」
「良かったー。じゃ、そろそろ失礼します」

そうしてきり丸は文次郎の心を好きなだけ乱して去っていった。
その日の内に図書委員会の予算削減案が正式に取り下げられたのは言うまでもない。




「巧みな話術で半刻掛からず潮江先輩を丸め込んだらしいぞ。んで、即日、削減案は撤廃」
「へぇー。凄いなぁ。それで? そのきり丸はどうやって動かすんだ?」
「………」
「………」





終わり。
言いくるめられたんじゃなくて、笑顔に負けた文次郎。
このきりちゃんは小悪魔的な確信犯って感じです。
ちょろいぜ、って隠れて舌出してれば良い。












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