睫毛




睫毛はメイクの命よね、とユキ。

「良いわね、トモミは元から睫毛長くって。羨ましいわぁ」
「何言ってるの、ユキちゃんの睫毛だって綺麗にカールしてるじゃない。羨ましいわよ?」
「そう?」

トモミが誉めると嬉しそうにユキは笑う。

「二人とも羨ましいでしゅ」

少し恨めしそうに言ったのはシゲ。確かにシゲの睫毛は羨ましいとは言い難い。

「お、おシゲちゃん…おシゲちゃんはきっと今からよ。ねぇ、トモミ」
「そ、そーよ。それに、睫毛くらいメイクで何とでもなるわっ」



きゃあきゃあと姦しい、くの一達の会話をなぜか思い出し、半助は目覚める。

「…家に帰ると、学園のことをよく思い出すなぁ」

あれは何時だったか、学園の食堂で聞いた会話だ。
くの一とうちの生徒だったらどっちがうるさいかな、と寝ぼけた頭で考えながら一番馴染み深い睫毛を心に思い描く。

それは、綺麗に揃ってカールしているだけでなく、長さも申し分ない睫毛だった。
美しい睫毛だと気付いたのは、その持ち主を叱りつけていたとき。ぷいと横顔を見せられたのだ。
長い長いと無意識に思っていた睫毛。それは揃って綺麗にカールしていた。
言葉に詰まって、しばらく見詰めたことを思い出す。

また別の日。持ち主の頬に抜け落ちていたそれをそっと摘み上げたとき、半助は改めて驚いた。これが睫毛かと。
そのくらい自分のものとかけ離れた睫毛なのだ。

それから、他人の睫毛に注目するようになり、無意識に心の中で比べていた。だが、あれほど完璧な睫毛は他になかった。
月の淡い光に影さえ作る睫毛。

そして、半助はそれがすぐ近くにあることを思い出した。
横に伸ばした腕に可愛い寝顔が乗っている。伏せられた睫毛はやはり長い。

「長いなぁ…」

もう片方の腕を伸ばし、指で睫毛の先をなぞった。
何とも言えない感触に指を往復させると、持ち主は瞬くように目を開いた。慌てて指を離す。
闇に煌めく黒曜石。

「せんせ…なに?」
「すまん、起こすつもりはなかった。寝て良いぞ」

まさか、起きるとは思わなかった。いつもは一度寝てしまうと怒鳴っても起きないのに。
半助が驚いていると、持ち主は再び目を閉じた。だが、口を開く。

「先生、何考えてたんすか?」
「…睫毛。長いなぁって」
「誰の?」

自覚していない持ち主。半助は思わず苦笑をもらした。

「お前のだよ」
「ふーん…」

興味なさそうなきり丸の返事だったが、しばらくすると、目を閉じたままゆるりと呟く。

「せんせ。俺…忍術学園で一番睫毛長い人知ってるよ」
「ん?」

半助が反応すると、にへらっと口元だけ笑った。

「伝子さん!」
「げっ…お前、思い出させるなよぉ。夢見が悪くなりそうだ」
「へへへへ…」

第一、あれは付け睫毛じゃないか、と半助は口を尖らせる。
聞いているのかいないのか、きり丸はとろけそうな微笑を浮かべている。
月光に揺れるその繊細な睫毛の影。

「お休みなさい…先生」
「あぁ、お休み」

やっぱり、これが一番完璧だ。
愛しい睫毛に目を細め、半助もまた幸せな夢の中へ落ちていった。





終わり。
睫毛(と言うか目)って敏感だから触られたら起きちゃいますよね。
いい迷惑だよ、先生。
原作でたまーに描かれてるきりちゃんの睫毛。大好きです。
きっと土井先生も大好きです。












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