どこかのだれか
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2017.4.9 14:21 [Sun]
神様を射る
自分にとって「茂野吾郎」と云う人物は「神様」に近い存在であると思っていた。大袈裟なように聞こえるが、決して誇張しているわけではない。
幼少期は憧れや尊敬のようなものであった。
ずば抜けた野球センスに、速球を投げることが出来る肩。強い意思に、溢れる自信。野球を教えてくれた恩。
何より、野球には性別という限界がある。だが、吾郎に限界などない。いくらでも前に進めるという可能性が溢れていた。
そんな尊敬や憧れ、羨ましさなどから吾郎は唯一無二の存在であった。
この時点では、眩しいものに憧れないものなどいないと言える。
しかし、月日は経つにつれ吾郎に対する眩しい気持ちは増していく一方であった。
会わない日々を挟み、再会を果たすと吾郎は信じられない程の成長を遂げていた。自分の予想を遥かに越えて、新たな人と吾郎はなる。
会う度、会う度に涙が止まらない。吾郎の凄さに身体が震える。
自分と同じ生物であるとこを忘れてしまう。
三度目の再会を果たしたとき、自分の中で吾郎が「神様」になってしまった。
更に拍車をかけるように、今回は吾郎の近くにいることが出来た。一緒に野球をすることは出来ない。
しかし、「吾郎(神様)」の成長を見ることが出来る。
これ程、喜ばしいことはない。
ただ、幸福を噛み締めた。


校内には自分しか残ってないのでは錯覚してしまう程、期末テスト期間の放課後静かであった。
昇降口の段差に腰を降ろし、教師に呼ばれた吾郎を待つ。帰宅しながらテストに関することを聞きたいと言われ、一緒に帰ることになっているのだ。
早く来てはくれないかと寒さに耐えるのが辛くなって来た頃、「何やってるんだ」と田代が横に立っていた。

「びっくりした」

「相変わらず鈍いな。誰か待ってるのか」

田代は困ったような顔をし、隣に腰を降ろした。

「うん、吾郎くんを待ってる」

「アイツ、また何かしたのか」

「なんか本人もわからないらしいよ」

「それは酷いな」

お互いに肩を揺らし笑う。

「田代くん、帰らないの」

帰ろうとしていた田代が隣に並んだことを不思議に思い、問いかければ聞きたいことがあると困ったような顔で告げられた。

「どうしたの」

田代に何かあったのでは、と思い不安に刈られる。

「こんなこと聞くのもどうかと思うが、お前って茂野のことが好きなのか」

「んっ? えっ?」

田代に言葉があまりに突然過ぎて、固まってしまう。
これが「尊敬」なら即答出来た。自信を持って、胸を張って。しかし、田代が言った「好き」は「愛しているか」と云う意味の「好き」であった。

「わっ悪い。言いにくいなら言わないでくれ。ただ、茂野といるお前があんまりにも嬉しそうだったから、そうなのかと」

「確かに好きではあるけど、そう言うのではないよ」

はっきりとした否定に田代はやけに驚いた表情を浮かべた。

「そうなのか」

「うん。凄く尊敬はしているけど」

「なんか、信じられんな」

「えっ、酷くない?」

「茂野に会った瞬間、泣いた奴の言葉だと思えないな」

「笑うしかない」

それから簡潔に何故それほどまでに吾郎を思っているのかを話す。引かれない程に。



「悪い。随分と待たせちまったな」

田代が帰えり10分経った頃吾郎が申し訳なさそうに現れ、帰路を歩く。

「大丈夫だよ。さっきまで、田代くんと喋ってたから」

「へー、そうか」

とは言うものの、どこか上の空で口を開く吾郎に何かあったのではと様子を伺うように吾郎の顔を盗み見た。

─カチッ

一瞬で視線が合わさる。
驚きを隠せないでいる自分とは打って変わり、吾郎は読めない表情を浮かべていた。

「どうかしたのか」

「吾郎くん、何かあったの。いつもと様子が違う気がして」

「そりゃそうだろ」

吾郎の視線が鋭くなる。身体に緊張が走った。

「なんで」

声が震える。口が乾く。
早く吾郎の口から答えが聞きたい。

「たしかにすきではあるけど、そういうのではないよ、か」

「聞いてたの」

「あぁ、タイミングよくな。ズルいよな、お前」

「えっ」

「だってそうだろ。俺はお前が好きでたまんねぇのに」

ああ、なんてことだ。
神様が死んでしまった。

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