取り繕う

目の前には見るも無惨な肉塊が転がっていた。まるでごみのように僕の前に打ち捨てられているそれは翼がもがれた青い鳥だ。「幸せを運ぶ青い鳥だって、鳥でなくなってしまえばごみも同然でしょ」僕とうり二つの顔がそう呟いた。青い鳥のその羽根は今やその血で赤く染まっている。青い鳥は赤い鳥だった。
(平等院雀/学生戦争ったー)



左の耳に開いた小さな傷が気になって指で触れる。今までに負った傷は数え切れないほどあったが、自分で自分の体に傷をつけようと思ったのは初めてのことだった。今はもう思い出せない同期の顔が浮かぶ。その声も体温も忘れてしまったが、思い出はこの傷たちが覚えている。私は隣の彼に小さく微笑んだ。
(二煽利/CoC)



先輩は目立つ。背が人より頭一個分高くて、顔も良い。だから一緒に外を歩いていると女の子に声をかけられることもあった。先輩はそれを慣れたように断り、何ともないような顔をするけども俺はそうじゃないから、今日は俺から先輩の手を握った。指を絡めて、逃がさないように。これは俺の小さな独占欲。
(朝霧/CoC)



人と関わったってろくなことないし、むしろ一人でいられる方が気楽だし、それだからこそ「俺のこと愛してほしい」なんて軽々しく口にできるわけがなかった。ふとした瞬間に寂しくなってそう思うことはあったけど寝たら元通りだし、ストレスにすらならなかったのに、全くもって恋愛感情とやらは厄介だ。
(一朝陽/CoC)



懐いてもらえたのはよかったけど、玄関を開けてすぐにくる腹への痛みには未だに慣れない、否慣れてしまっては困るのだけど、最近ではその行動すら愛おしいと思い始めたようである。「(これが俗に言う末期症状か)」自分に抱きつく彼女の髪を撫でて、俺は内心で自分に対し呆れたようにため息をついた。
(いちれん/CoC)



外は雪が降るほど寒いというのに顔が熱い。知ってる、この人はこういうことを恥ずかしげもなく言ってしまう人だというのを。それでいてきょとんとした顔で「どうした？」なんて聞いてくるもんだからたまったもんじゃない。「……なんでもない」必死に絞り出した声は震えていた。畜生お前のせいだ馬鹿。
(朝霧/CoC)



「あなたは誰ですか」その一言で私の世界は一瞬にして止まった。言葉がうまく出てこなくてしどろもどろになる。事故のショックで記憶喪失、よくある話だ。しかしこれはあまりに惨い、なんて酷い神様なのだろう。病室に戻り私は同室者に目もくれずシーツにくるまる。その日は一晩中涙が止まらなかった。
(十三里/CoC)



最初に仲間の1人が死んだとき、私は泣いたんだと思う。死体は回収された。骨になったそいつはとても小さくて、つい昨日まで私達の隣に何ら変わらぬ姿でいたのだと思うと不思議な気持ちになる。そこからはよく覚えていない。ただ、泣いている私を慰めるように肩に置かれた隣人の手はやけに暖かかった。
(二煽利/CoC)



「ねぇ、それずるいと思うのよ」彼女は言う。「と、言いますと」「だってそれじゃあ私、鏡夜には絶対勝てないもの」彼女の言い分に彼は「そうですか」と苦笑する。「そうは言われましても」彼は彼女の編まれた髪をそっと手に取り「俺をその気にさせているのは貴女でしょう？」彼女の耳元でそう囁いた。
(鏡縫/CoC)



「きみって面白いよね」「そう、ですか？」「うん、面白いよ」なんだってその口から僕を守りたいだなんて言葉が出るのか。面白くて面白くて仕方がない。だって僕はもう死んでいるのにさ。死んだやつを守りたいだなんて「どうしてそんなことが言えるんだろうね」鏡越しに彼女の悲しげな瞳と目が合った。
(啓千/DX3rd)



夕焼け雲の空の中、雨がぱらぱらと降っていた。2人で入るには少し小さな傘の中、隣の彼の顔をそっと伺う。ぱちりと目が合って、思わず逸らしてしまう。ぱしゃんと水溜まりが音を立てる。夕焼けは嫌い、でも雨は好きだった。伸びる影を目で追いながら、もう少しだけこの時間が続けばいいのにと思った。
(拾雨/北条奇怪相談事務所)



ああ、退屈だなぁ。手に持ったシャープペンシルをくるくると回しながら、頬杖をついて授業を眺める。いつもと同じつまらない日常、どうせならここで突然テロリストが侵入してきて人質にとられる死と隣り合わせな展開でも起きたらいいのに。そんなことを考えながら帰ったとき、赤毛の青年に会ったんだ。
(一朔夜/CoC)



白い光が跳ねている。その後ろを黒い影が音も立てずそれを追いかけていた。光は道行く人々に手を振り、楽しげにまた跳ねる。影はそんな光に近づき、長い袖でそっとそれを隠してしまった。これは自分のものだ。誰にも触らせないし、見せてもあげない。そう言いたげな青い瞳が仮面の奥で意地悪く笑った。
(フラトゥリ/創作)



目を開けた。幾度となく夢で見た青い光。水面のような鱗が、鉱石が、植物のような蔦が、粘液を垂らしながらキラキラと輝いている。それはまるで迎えに来たと言わんばかりに蔦を伸ばし、俺の頬を撫でた。青くきらめくカーテンに包まれた、俺の唯一の神様。めいいっぱい背伸びをして大きく腕を伸ばした。
(一朝陽/CoC)



ひゅう、と絞まる喉から空気が漏れた。飛びそうになる意識を抑える。そして自分も相手の首に手をかけ絞めるとその口元が吊り上がったのがわかった。オレはこれが好きで嫌いだった。これはオレがまだ生きていることの証明であると同時に、次こそは死ねるかもしれないという小さな希望でもあったからだ。
(さくうるさく/DX3rd)



病室に入ると、こちらを見る目と目があった。丸く見開かれたその目は驚愕の色に似ていて、俺の姿を確認したそれは勢いのまま布団を跳ね除け俺に飛びついた。思わずバランスを崩しそうになるが、なんとか踏みとどまる。パーカーを握り締める弟の体はにわかに震えていて、俺は物珍しげにその頭を撫でた。
(にのまえ兄弟/CoC)



「姉さんはなんで警官になったの」以前弟に言われたこの問いは、未だ私の頭を悩ませる。市民の平和と安全を守るため？そんな馬鹿げた模範解答など、つまらなくて欠伸が出る。しかし、信念のない私が言えた道理ではなかった。口内に残る苦い煙を吐き出しながら虚空を見つめる。私は何故警官なのだろう。
(九咲/CoC)



投げられたボールを背伸びしてキャッチする。不安定なコントロールで、さっきからあっちこっち走り回らされる。「ねぇ俺疲れた！」「もう少しだけ！」そう言う幼馴染みには疲労の表情が一つも見えない。元気のいいことだ。向こうから彼の妹の声がする。日の傾きかけた公園で野球ボールが1つ転がった。
(刹那と睦月くん/CoC)



ひらりと蝶が舞った。蝶は月明かりに照らされ、鱗粉を蒔きながら不規則にひらひらと舞い踊る。「仕事の依頼？」蛇穴胡蝶は目を少し細めて、目の前の人物を見据える。「いいよ、こっちも暇だったしね」彼はくすくすと笑うと金網に止まっていた蝶を掴みその羽根を毟り取る。金色の瞳が月に輝いて見えた。
(蛇穴胡蝶/CoC)



少年が国の長になったのは、まだ年半ばもいかないころ。彼の齢十四の誕生月を過ぎてから、間もなく冬がやってくるだろうという時であった。少年の燃えるような赤い瞳が琥珀色に変わった冬の在る日と、先代長が失踪したのは同日である。少年はその日の夜に金色の草の原を掻き分け、空色を探す夢を見た。
(ジークフリート=ベルンシュタイン/ヒリノミア)



三日月が煌めいている。蝶の君は円窓から差し込む月明かりに照らされながらぼんやりと霞がかったそれを見つめる。いつも傍にいるはずの月は今はいない。金色の瞳を伏せ目に蝶は月を思い描く。今日一日、たったそれだけなのに。寂しいだなんて口にするのは烏滸がましいと、蝶は自嘲的な笑みを浮かべた。
(月光蝶/CoC)



ふと顔が近付いた。その赤い瞳が俺を捉えて離さない。目もそらすことができない状況、思わず生唾を飲み下す。今にも唇と唇が触れあってしまいそうな距離の中、神影は顔をずらして、耳打ちをした。たった一言、それだけの言葉なのに、顔が熱くなる。また負けだ、もう今すぐにでも逃げ出してしまいたい！
(みかしず/DX3rd)



玉緒ちゃんは不思議な子だった。夏と冬の年に2回だけしか会わないけれど、彼女に会うとき彼女は必ずアニメキャラクターのお面を付けている。その素顔は昔、一度だけ見たような気がした。綺麗な子だったと思う。いつものようにお面をつけた彼女は俺の姿を見つけると「あおりくん」と嬉しそうに呼んだ。
(煽利と玉緒/CoC)



会いたい、と彼から電話があって一週間後のこと。出会い頭に抱きしめられて背中をさすってやったところで、玄関口に並べられた靴を見て気がついた。意外にも、月の人はどうやらいないようだ。蝶の義兄様はぼんやりと分厚い雲に覆われた空を眺めていた。時折「寂しいなぁ」そういったことを呟きながら。
(鶴と月光蝶/CoC)



「(私は、あまり話すことが得意でもないし、だからこそ、歌で思いを伝えられたらとずっと思っている……それができているかはわからないが)」ステージ袖でそんなことを思っていると、会場からは大きな歓声が聞こえてくる。それを聞いて、緊張をも上回る高揚感が私を包む。「行こう」私は歩きだした。
(宝生恵/CoC)