水色の季節。雲が大きなソフトクリームみたいに見える、ある夏の日のこと。両開きの窓からは風が入り込みカーテンを小さく揺らす。
その部屋には2人。赤い髪の少年とはちみつ色の髪の少女。大きな机には画用紙を広げ、クレヨンがまばらに散らばっている。
「ひまわりってね」
少年の発した言葉に、少女は頬杖をついたまま静かに耳を傾ける。
「太陽の方を向いて成長するんだって。だからひまわりは太陽のことが好きなんだよ」
お母さんが言ってた。クレヨンを白から黄色に持ち変えて、少年は言葉を続ける。少女はそのまま、一度画用紙に目をやり、そしてすぐに少年へと視線を戻した。
(変な持ち方……)
クレヨンをぎゅっとわしづかみ、描いていく姿に少女は怪訝そうな顔をする。
少年はそれに少しも気に止めた様子を見せない。白い画用紙にひまわりを咲かせていき、それを一通り終えたところで、最後に何もない空中にぐるぐるっと円を描く。黄色い太陽。それを描き終えたところで少年は少女を見た。
「リアちゃんの髪の色はまるで太陽みたいだね」
そう笑って言った少年を見て少女は「ふぅん」と一言声をもらしただけであった。そのまま少し間が空き、少女は何かを思いついたかのように口を開く。
パチり、と目が覚めた。夏の日のこと。窓から見える空は雲一つない、綺麗な水色をしていた。ゆっくりと上体を起こし、欠伸をひとつする。ベッドから跳ね除けられ、床に落ちてしまった掛け布団を拾い、ねむたい目をこする。
懐かしい夢を見ていたような、そんな気がした。
机に無造作に投げられた赤い革紐で結ばれた琥珀を首から下げ、ふらふらっと外に出る。
街は相も変わらず人が溢れ、その喧騒が耳に木霊する。何人か知り合いにも話しかけられた。一言二言会話を交わしてやがて街を抜け行く。郊外に出れば人通りは街の比ではなく、代わりに太陽のジリジリと焼け付くような感覚と、虫たちのさざめき声だけが残った。
どこに向かう訳でもなくただ砂利を踏み、歩き続けるとやがて黄色い花が見えてきた。むせ返るような匂いと目に焼き付く黄色い花畑、ゆらめく景色はまるで砂漠の蜃気楼を思わせる。その中にひまわりたちとは違う、はちみつ色の髪の見知った後ろ姿を見つけた。
彼女は1人、その中に立っていた。目の前にはうつむいたひまわり。周りの花と違い、それは茶色く染まり朽ちている。
「ねぇ、ひまわりって枯れるとどうしてうつむくと思う?」
彼女はひまわりから視線を逸らさず、彼に訪ねた。
彼は少し考えた後に空に浮かぶ太陽を見て「さぁ、太陽に愛想でも尽かしたんじゃね?」とさして興味などないとでもいう風に答えを返す。
それに彼女は何も答えず、彼の方へと振り向いて「昔さ」と切り出した。
「あたしに言ったこと覚えてる? あんたが画用紙にひまわりと空に浮かぶ太陽を描いて……」
「『リアちゃんの髪の色はまるで太陽みたいだね』って言ったっけか。6歳のときの話だろ」
風がひまわりと彼らの髪を揺らし、木々はざわざわとその葉枝を擦らせる。ひまわりの香りが鼻につく。彼女はわざとらしく大きなため息をつき「馬鹿みたいだ」と呟いた。そして、彼から目を逸らし再び枯れたひまわりに向き直った。
「オレはさ、ひまわりにはなれないよ」
「え?」
「だからさ」
彼は枯れひまわりを回り、それを挟んで彼女の前に立った。
「あんたも太陽にはなれないだろ」
「……それもそうね」
彼女はどこか自嘲気味に笑って言った。
「あんたの髪の毛赤いもんね」
「お前は太陽みたいに優しくないだろ」
ひまわり畑の向こうで少年と少女が仲良く手をつないで帰路についていた。