益者三傑


[2016.10.10 22:21 Mon]
セシル+トキヤ+嶺二(司書一ノ瀬シリーズ08)

「おはようございます!」

車外から声がします。今日は早乙女駅前の片隅に駐車しているので、勧誘か宣伝の類かもしれません。

「すみません!カード持ってます!入ってもイイですか?」

…もしかしてこの車に話しかけてますか?
ゆっくりと外を覗いて見ると、肌の色がすこし濃い、満面の笑みの方がこちらに手を振っています。

「…どうぞ」
「ありがとうございます!」

やたらとカードを掲げたまま、その方は車内に乗り込んで来ました。



留学生、駅前にて




留学先の大学の最初の講義まで時間があったので早乙女駅付近を散歩していたワタシは、とてもキュートな車を見つけました。

車のカラフルなイラストの中でも特にレモンイエローのネコがとても愛らしいと感じました。

書いてある文字を見ると、「図書館」の文字。うむむ、図書館に本を届けている車なのでしょうか?そうだとしたらとてもワクワクします。

さっきからエンジンの音もしないので、運転手は休憩しているのでしょうか?少し、見せてもらうことは出来ない?

荷物をごそごそと探っていると、この図書館の利用者カードが出てきました。きっとこれがあれば「カンケイシャ」…本の山を見ることが出来るかもしれません!

「おはようございます!すみません!」

そして、このカードのおかげで、ワタシは宝の乗った車に乗せてもらえました。



中に入ると、本棚に本が収まって運ばれているのでびっくりしました。

「もしかして…この車自体が図書館なのですか?!」
「そうですよ、誰でも乗っていいんです、えーと…愛島さん」
「このカードは名刺にしかなりませんでしたか…。でも、図書館が動くなんてファンタスティック!」
「喜んで頂けて嬉しいです」

イチノセさんは控えめに笑いました。
せっかくなので中を色々見て回ると難しい本から絵本まで乗っていましたが、ワタシは図鑑の本棚で止まりました。

「これは…日本語になっていますが、アグナパレスの楽器大図鑑です!エクセレント!」
「最近やっと入手したんです。なかなかに難しかったですよ。…しかし、鎖国状態のアグナパレスに詳しいとは…愛島さんはアグナパレスの方…?」
「あ、ハイ!ワタシはアグナパレス人と日本人のハーフなのです。今は早乙女町に住んで日本の大学に留学中です」
「そうですか…音楽の国、砂漠のオアシス…アグナパレスについてはそれくらいしか知っていませんので、ぜひお話を聴かせて頂きたいですね」

その時。

「恋は『したごころ』愛は『まごころ』!まごころ込めたお弁当、まいどお馴染み寿弁当でっす!!」
「頼んでません」

緑のエプロンをしたイセイの良いお兄さんが乗り込んで来ました。しかし今の呪文のようなものは…。

「したごころ…まごころ…」
「仕事ついでに寄るのやめてもらえませんか」
「まぁまぁ、良いではないか!」
「…まさか…恋という漢字と…愛という漢字…」
「愛島さん、深い意味はありませんから」
「アイジマくん?ありゃ、てっきり外国の方かと思ってたよ」
「素晴らしいです!漢字はやはり奥深い…!はっ、ハイ、初めまして、ワタシはアグナパレスと日本のハーフの愛島セシルと申す者」

年上の方にはケンジョーゴを使わなくては。

「申す?ぷっ、あっはっはっ面白いね!それに…初めましてじゃないよ。いつもお弁当、ごはんをおにぎりで注文してくれるよね?」
「弁当屋のお兄さんでしたか…!」
「でもでも、こんなとこで会うなんてね。これって運命かも?それにアグナパレスといったら音楽!セッシー…アイドルやらない?」
「はぁ…またそれですか」

アイドル?アイドルというのは確か…お客さんの前で踊ったり歌ったりする?

「アイドルですか…」
「愛島さん、適当に流せばいいんですよ。そこら中で勧誘しているんですから、寿さんは」
「そこら中じゃないやいっ」
「とても…嬉しいのですが、アグナの歌と踊りは日本のそれと全く違いますから…」
「出来ないなら練習すればいいよ」
「でも…」
「寿さん怒りますよ」

申しわけないです…。背中を押され、追い出されていったコトブキさんを目だけで見送りました。



「んっしょ」

魅力的な本ばかりでついついたくさんカウンターに持って行ってしまいました。

「すみません、移動図書館は冊数が少ないので1人5冊までなのです」
「そうなのですか?スミマセン、よく知らなくて」

泣く泣く5冊に減らし、今度こそ利用者カードを提示します。

「愛島さんも…もしかして保育士関係の勉強を?」

借りた本だけで分かるなんて…テダレです。

「Yes!そのとおりです」
「実は知人が今年から児童養護施設で働いていましてね。この先にあるんですが、訪問されてはどうでしょうか」

きっと、あの男と気が合うと思いますよ。と、イチノセさんは手書きの地図を渡してくれました。

早起きはサンモンの得…いや、ロクモンくらいは余裕ですね。

講義が早く終わる曜日にきっと訪ねてみようと思いながら、大学に向かう電車に乗り込み揺られるのでした。



161009〜161010






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