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井本より浜田へ

「浜田さんへ


50歳のお誕生日おめでとうございます。
12年前に上京してすぐ、浜田さんに初めてお会いしてから今日まで、いろいろなことを教えていただきました。


上京当時の僕は、ボケからツッコミに変わり、ツッコミとは何かをまったくわからなく、正直、やっていけないかなぁ、と思っていた時に、一からツッコミのことを教えてくださったことを、本当に感謝しています。


今思えば、浜田さんからしたら、そんなこと自分で考えろ、というようなツッコミの基礎を毎週のように朝まで細かく教えてくださったことは、 僕の大切な財産です。


プライベートでも、当時の僕はお金がなくて、ご飯も食べれないときに、『腹減ってんねやったら電話してこい』、と言ってくださり、ほぼ毎日電話してご飯をごちそうになっていました。


そのときに浜田さんがおっしゃった、『えらそうに言うつもりはないけど、俺といるときはええもん食べろ。自分でご飯食べるときはお金ないねんから安いもん食べろ。一番上と一番下を知ることで、人間としての幅ができるから』と言ってくださり、いつも高いものをご馳走していただきました。今僕にも後輩ができ、後輩たちにもできる範囲で伝えています。


たくさんのことを教えてくださり、本当にありがとうございます。


なかでも僕にとって忘れられない浜田さんの一言があります。本当はテレビでは絶対に言わないでおこうと決めていた話ですが、今回こういう機会をいただいたのでお話させてください。


浜田さんには、怖いだとか短気みたいなイメージがありますが、僕が浜田さんに本気で怒られたのは、12年間で1回だけです。


浜田さんは覚えておられないと思いますが、上京して間もない頃、3回目の食事に連れて行ってもらったときのことです。


まだ浜田さんにお会いして間もないということもあり、浜田さんが怖いとか、怒られるとか思っていたので、失礼がないように、細かくお皿を変えたり、灰皿を変えたりやっていると、『自分でできるからええで。ご飯食べ』と言っていただき、それでも僕は緊張もしていましたし、やっぱり怖かったので、お世話を続けていると、『ほんまにええって!』と言って軽く怒られました。


それでも僕は何かしなければいけないと思い、帰りの駐車場で、『浜田さんの車、僕運転して帰ります』と言うと、すごい形相で浜田さんが僕の顔に近づき、『お前東京何しにきてん!』と言われ、僕は質問の意味がわからずに、『え』と返すと、さらにすごい形相で、『だから東京何しにきてん!』と聞かれたので、『売れたいから来ました!』と答えると、 『そやろ、運転手しに来たんちゃうやろ。横乗れ、家まで送ったるわ』と言って家まで送ってくださいました。


あのとき、浜田さんに言っていただいた一言と、送っていただいた時間が僕の宝物です。


そして、『売れたいから来ました!』と言った自分の言葉を信じ、今でも頑張れています。 



ライセンス 井本貴史」

藤原より浜田へ

「我々ライセンスも、ガキの使いの現場に来させていただくことになってもう12年になります。


僕たちは浜田さんに救われています。


東京に来てなかなか仕事もうまくいかず、せっかく頂いた仕事でも、結果に結びつけることができない自分たちの状況に僕は悩み、あるとき井本に、『ライセンスは解散しよう』と切り出しました。
二人で話して、会社にもこの日に報告しようと決めました。


浜田さんには井本から、解散します、と報告がいったと思います。
僕は当然、浜田さんが、『そうか』とおっしゃるものと思っておりましたが、井本から聞いた浜田さんの言葉は、『解散したらあかん。もうちょっとやれ』というものでした。


完全に自分たちに限界を感じていた僕にとってまさかの答えでした。


浜田さんは覚えていらっしゃらない一言と思いますが、その一言が、僕の気持ちの中に、まだ頑張れば可能性あるんじゃないか、あの大先輩がもうちょっとやれとおっしゃってくれている、コンビを続ける考えをもたらしてくれました。


おかげさまで、解散を踏みとどまり、なんとか今日までコンビとして仕事をさせていただいております。


浜田さんありがとうございます。




ライセンス藤原」
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