♯room1010
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2011.2.28 17:32 [Mon]
XS

賑やかな生徒たちの嬌声、音楽室から微かに漏れるピアノの音色、運動場に響くホイッスルの音や授業をする教師の声――。

 そんな昼間の校内とは真逆の静寂に包まれた、下校時刻もとっくに過ぎた人気のない校舎の廊下。
そこにポツリと二つ、蛍のような淡い光がゆらゆらと揺れ動く様は、なんとも不気味なものである。

 
「だからなんでオレなんだぁ」

スクアーロは自分の数歩前を歩く長身の男の背に向かい、聞こえるか聞こえないかというぐらいの声で呟いた。

教師という同じ立場であるとはいえ、面と向かって文句を言えない先輩と後輩という関係上、これまた小さく舌打ちをすれば、前方の男の歩みがぴたりと止まる。

(ヤベッ、聞こえたか…)

背中にゾクッと悪寒が走り、直立不動で前を見つめるスクアーロに、ゆっくり振り向いた男は長めの前髪の間から片方の目だけを覗かせて、いつもよりも低い声を響かせた。

「なんか言ったか、スクアーロ先生」

「っ、い、いえっ、ちょっと冷えるなぁ、って…」

しどろもどろになるスクアーロに、男はふんと鼻を鳴らすと再び暗い廊下を懐中電灯の灯りと供に進みだす。
向こう側の闇に、彼の漆黒の髪が呑み込まれるように消えていくのを見て、慌ててスクアーロは手にした懐中電灯で前方を照らし、自分も足早に歩きだした。



 いよいよ来週に控えた学祭の準備の為、2、3日前から8時を過ぎてもまだ教室に残り、出し物の準備をしている生徒が増えていた。
下校時間は5時だといっても、クラブをしている生徒や、それに行事前ということもあり、細かいことを言う教師はさすがにいなかったが、昨夜校舎の見回りをしていた警備員が、まだ教室に残っていた男女数名の生徒を発見し、大変な騒ぎになった。

そして今朝、緊急に行われた職員会議の結果、生活指導主任であるXANXUSが学祭までの数日間、一年から三年までの各教室を見回ることになったのだが…。


 午後9時前。まだ数人の教師が残る職員室で明日の授業の準備を終え、さあ帰るかと帰宅の用意をしていたスクアーロにXANXUSが声をかけてきた。

「これから校舎を巡回するのに付き合ってくれ」

「――へ?」

口を“へ”の形に開けたまま、スクアーロはぽかんとXANXUSを見つめた。彼はもう帰る為にジャケットを羽織っていたし、鞄だって持って…。

「昨日深夜まで残ってたのはおたくのクラスの生徒だし、気になるかと思ってな」

だから同行するのは当然だろうと言わんばかりに、XANXUSは表情ひとつ変えずにそう言った。

――確かに、言われてみればその通りではある。
けれど、生徒たちには何があっても8時には下校しろと懇々と言ってきかせたし、第一生活指導部でも学祭運営部でもない自分が何故…とスクアーロは返事に躊躇する。いや、何も巡回が面倒だと思っているわけではなく、このXANXUSと二人で、というところが引っかかった。


 新任の英語教師としてこの学園に来て数ヶ月、慣れないことや戸惑うことも多かったが、スクアーロは教師としてそれなりに充実した日々を送っていた。
担任を務めるクラスも、どちらかといえばおとなしい生徒が多く、昨夜の居残り事件以外、目立ったトラブルもなかったし、自分で言うのもなんだが結構生徒にも人気がある方だと思っている。

校長も教頭もよくできた教育者で、同僚教師は皆年上だが、新任の自分を何かと気にかけてくれ、職場の環境は決して悪いものではなかった。

…ただ1人、このXANXUSの存在を除いては。


 ことの始まりは赴任初日。学生時代、ほとんど着たことのなかった真新しいスーツに袖を通し、意気揚々と校長をはじめ職員の前で挨拶をした彼に、XANXUSは突然数学準備室の片付けを手伝ってくれと言ってきた。

(なんだこの先生、初対面なのにいきなり…)

それに英語担当の自分が何故数学準備室?と答えあぐねていると、彼は「こっちだ」とさっさと職員室を出ていった。残されたスクアーロは、周りの教師たちに“どうすればいいのでしょう”という視線を送ってみたが、皆一斉に示し合わせたように下を向いてしまい、仕方なく彼はXANXUSの後を追った。

結局その日は、放課後も準備室の片付けをする羽目になり、卸したばかりのカッターシャツは汗でベタベタ、後ろでひとつに纏めた長い髪は埃だらけで、散々な教師生活1日目になってしまった。

 けれど本当に散々だったのはそれ以降の毎日で、XANXUSは何かとスクアーロにつまらない用を言いつけてくるようになった。

 授業で使う資料をコピーしてくれなんていうのはまだ可愛いもので、サッカー部の顧問であるスクアーロに、自身が顧問を務める水泳部のタイムキーパーをしてくれと言ったり、昼食を食べそこねたから何か適当に買ってきてくれという趣旨のメールがきたこともあった。

 ――う゛おぉーぃ!!オレはあんたのパシリじゃねぇぞぉっ!

 理不尽な頼みを受ける度、スクアーロは何度も心の中でそう絶叫したけれど、相手が先輩であることや、何より眼鏡越しに向けられる鋭い眼差しを前にすると、結局それらを全部こなすことになってしまう。
そして、そんなふうにどうしても「NO!」と言えない自分自身に腹が立ち、近頃では彼に「スクアーロ先生」と呼ばれただけで心臓がキリキリ痛んだ。
だから、できるだけ二人でいることを避けたかった。

それなのに…。


「経費削減らしいけど、なにもここまで真っ暗にすることねぇのになぁ…」

 校舎内の灯りは、職員室とトイレ以外は消えていて、暗い廊下は窓から差し込んだ蒼い月明かりにぼんやり照らされ気味が悪い。お化け屋敷のようにひんやりする校舎内を、最も苦手とする人間と二人で一階から二階へと歩き回る。
けれどそんな罰ゲームのような時間も、残る三階さえ見回れば終わりだと思うと、最深まで落ち込んでいたスクアーロの気分も少し高揚した。


「薄気味悪りぃ…」

 懐中電灯で二階最後の教室を照らしながら、彼にしてみれば、もうすぐ終わりだという開放感から何気なく呟いた一言だった。
 それなのに、今までほとんど無言だったXANXUSが耳を疑うような言葉を返してきた。


「なんだ怖いのか?なら手を繋いでやる」

「えぇッ!?」

 いやっ、結構ですから!というヒマもなく、あっという間に懐中電灯を持つ手と逆の手をぎゅっと握られ、スクアーロはあまりの驚きでその場に固まった。

「あああ、ぁの…っ」

「怖いならはじめからそう言え、三階行くぞ」

 ――そ、そうじゃなくて!

その手を引いてXANXUSはぐんぐん階段を昇るが、スクアーロは足がもつれてスリッパが脱げそうになった。

「た、まっ、待って!スリッパが!」

「…あぁ?」

一瞬歩みを止めたXANXUSだったが、それでも握った手は離そうとしない。

「あの、XANXUS先生。だ、大丈夫ですからオレ…だから手を…」


 スクアーロはXANXUSの気持ちを図りかねていた。
本当に自分を気遣って、手を繋いでくれているとしたら「離してください!」などと言って騒ぎ立てるのは最悪だ。
だから、できるだけソフトに言いながら、しかし全意識を握られた手に集中させ、やんわりと動かして離そうと試みた。けれど焦る気持ちとは裏腹に頬がカッと熱くなり、スクアーロはここが暗闇で良かったと思った。こんな真っ赤になった顔を見られては、どんな誤解を受けるかわかったものではない。

 けれどもそんな彼の思惑を一蹴するように、XANXUSは再び手を引いたまま階段を昇りはじめた。

「あッ、ちょ、だから先生!手ッ!」

ずりずりと引きずられるようにして強引に足を進めさせられる。

 スクアーロは今はっきりと判った。
彼は好意からなどではなく、それとは逆の意志でこんなことをしているのだと。

(焦るオレ見て楽しんでやがる!)

その途端、ずっと我慢していた何かがプチンと音を立てて切れた。

「――いいかげんにッ…――っ!!」


 突然顔に目のくらむような光をまともに浴びせられ、スクアーロは一瞬怯んだ。咄嗟に握られている方とは逆の手を、懐中電灯を持ったままで自らの眼前にさらし、眩しい光を遮る。

「な、なにするんだ!そんなもんこっちに向けるなぁッ!」

 しかしXANXUSは懐中電灯の光をスクアーロから逸らそうとはしない。
逆光のせいでその表情がまったく見えない中、うっすらと笑いを含んだ低音が静かな空間に響いた。


 

「思った通り、キレた顔がいちばんそそるな、スクアーロ先生」


 
 絡め捕られた指先が震える。

 スクアーロの全身を駆け抜けた悪寒は、この不気味な夜の校舎のせいだけではなくて――。








end
2/28
―――――――――――
なにこの変態チックなXANXUS先生´∀`

というわけですみません
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