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燕尾服、と言うよりは喪服だ。
俺はそう思いながら鏡の俺を見て、嘆息する。
「ははは、似合ってるじゃあないか小僧」
「どこが」
例のピアニストはそんな俺を見て笑う。
一発殴ってやりたいと思うのだが、その思いは俺の中に閉じ込めておくことにした。
今から、俺たちはあるステージで演奏する……ハメになっている。
それが決まるや否や、例のピアニストはこう言ってきた。いや、きやがった。
「小僧、たまには洒落た格好でもすればどうだ?」
……などと。
だから今俺は燕尾服を着て嘆息している。
微妙だ。はっきり言って微妙だ。
洒落た格好をする意味などあるのか。ないだろう、おそらくは。
何が悲しくて俺は奴の道楽に付き合っているのか。
付き合わなければいいじゃないか、なのになぜだ。
はぁ。
例のピアニストにはこの気持ちなどわかるまい。
俺だって、実のところこの気持ちの意味などわかっていないのだから。