例えるならばあいつは猫だ。口数は少なく、また人に媚びるだけの愛想も持たぬ。なにも関心などないように欠伸を落とし、気まぐれに目を細めては、時おりひどく穏やかな顔をしている。しかし、ひと度彼の逆鱗に触れれば、美しい藍の双眸で敵を睨み、ふー、とその毛並みを逆立てるし、何にも捕われず飄々しているかと思いきや、実は執着心が強く本気で爪をたてることもある。だが普段の姿はまるで高貴で、思い出したようにこちらへと歩みより、ひっそりと甘えてくる様は加護欲と加虐欲を掻き立てるのだ。
性格もさることながら、しなやかな肉体は造型美だと言っても過言ではない。細い腰はそっと抱いてやりたくなるし、小さな頭は大きな手のひらで愛撫してやりたい。広大で静かな海のような瞳には、すっと魅入られてしまいそうな、幻想的な煌めきがあった。日頃平静な細波をたてているその瞳が、嵐のようにかき混ぜられるその瞬間はたまらない。口数が少ないからこそ、その猫が目を見開いたり細めたりする様は、おれを魅了して離さないのだ。
しかし、一番のお気に入りはその声なのだ。時たま発するいつもの声ではない、おれにしか知らない甘美の声だ。
猫は犬のように頻繁に声をあげぬ。ましてその無口な猫は、ごろごろと喉を鳴らすだけで、あの愛らしい声を聞かせてなどくれない。だが、おれはその声を聞く唯一の方法を知っている。猫が喉の下を撫でられて力を抜くように、マタタビを見つけるとふにゃりと身を捩るように、その猫もまた、快楽に弱いのだ。
一瞬嫌がる動作を見せるも、愛撫を続けてやれば、猫は大人しくその肢体を預けた。ろくに他人には触れさせない部位に触れてやれば、猫はゆらりとその柔らかな身体をよじり、大きな瞳には水の膜が張った。その膜が決壊するのを見るのもまた、おれのささやかな楽しみである。何度も焦らし、そして遂に敏感な箇所に触れてやると、猫は可愛らしい甘い声をあげて身体を悶えさせながら、もっと欲しいとおれにねだるのだ。その姿の、なんと浅はかで淫靡なことか。淡々と生きるその猫が、快楽に支配され、鳴き声をあげながら身悶えるその様は、どうしようもないほどにおれを興奮させる。その猫を見下ろすおれもまた、その甘い声と誘惑に支配されている。
おれはその猫にたまらなく惹かれている。何度も何度も抱きしめて、そして鳴かせてやりたくなる。
その猫は名を遊星といった。今遊星は俺の腕のなかにいて、瞳を涙で濡らしながら、声をあげまいとして荒い吐息を繰り返している。
ああまったく本当に、猫とは愛らしい生き物だ。
10.7.20 16:42 Tue
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