桜の開花時期なのに大雨だった。

春の嵐は無残にも桜花をもぎ取ってゆく。

そして雨が降り続く。

立派な桜のじゅうたんもぐしょぐしょで、擦り切れていた。


にゃあん。


猫の声がした方向を見ると、真っ黒な猫がちょこんと佇んでいた。

ぼくに背を向けて。

そおっと近付いてゆき、その猫の視線を辿る。

小さな湖の向こう側、三毛猫がこっちを見ていた。

『あのう』

「はい?」

背後から女性の声がして振り返る。

『うちの猫に用ですか?』

そう言った彼女の視線の先には黒猫。

よく見ると黒い首輪をしていた。

……、……?

もしかしてぼくは、飼い猫を攫おうとでもしている風に見えたのだろうか。


「いえ、ただ視線の先が気になったもので」

ほら、と三毛猫を指し示せば、彼女は安堵の色を浮かべた。

『そうですか、すみません。私てっきり……変な人かと』

「まあ、それは否定しませんが」

『え!?』

驚いた顔の彼女に微笑んで話を続ける。

「可愛らしい黒猫ですね、名前は何と?」

『あ、はい。さくらです』

「桜の時期に、さくらという猫と出会うとは。すごい偶然です」

それはまた不思議な縁があったものだ。

『そうですね、ここはさくらのお散歩コースなのでよく出没しますけど』

「撫でても?」

『どうぞどうぞ』

つやつやした毛並みは、手触りが良かった。

撫でれば気持ちよさそうに目を閉じる。

「さくら」

呼べば、にゃあんと返事をしてくれた。



to be continued.