遅れ気味な私の手をそっと包む大きな塊。
それが手だと気付いて、彼を見上げた。
逆光で彼の表情は見えないけれど、微かに笑った気配を感じる。
私はぎゅっと、彼の大きな手を握り込んだ。
『どうして……』
どうして貴方の手はこんなにも。
『どうして、あったかいの?』
私の手は、とても冷たいのに。
「さあ」
繋いでいない方の手も添えられる。
『あったかい』
涙が出そうなくらい、優しさが痛い。
私のもう片方の手まで引っ張って、両手で覆い込んでしまった。
「すぐ暖まる」
私は貴方達の敵なのに。
後ろに付いていた者に視線を送ると、サッと影が消えた。
一度帰還して現在の情報を持ち帰るのだ。
『……私は間者よ?』
「分かってる」
分かっているのに、どうして放っておけないの。
「行こう」
冷えていた手は貴方の温もりで暖かくなった。
『うん』
人を喰らう化け物を、退治する為の弱点を探れと命を下された。
他でもなく彼らが、彼がそうなのだ。
「……っ!危ない!」
彼は私を抱き込み、右半身に強烈な打撃を受ける。
「う、ぐっ……」
彼ごと吹っ飛ばされるが、痛みは全て彼が引き受けてくれていた。
『守らないでよ』
私は、貴方と一緒には居られやしないのに。
「大丈夫だ、俺の回復力を見くびらないでもらおうか」
ああ、どうしてこの人は。
『……皮と、骨まで』
貴方のものになれたら良いのに。
「どうした?」
『何でもない』
そう言って、彼の肩を抱き寄せる。
『痛い?』
「そのうち治るさ」
彼を支えて歩き出す。
前を歩く集団から、遅れてはいけないのだ。
人間より強い彼らが集団行動をとるのは、自らの身を護る為。
仲間意識など通常は持ち合わせていない……目の前の彼だけは別の様だが。
『人間みたい』
「人間の母親から産まれたからな」
強靭な肉体を持つ化け物とは言え、痛いものは痛いし感情も有る、人間と同じだ。
恐れられる原因は、人を喰らうという一点に他ならない。
『どうして人間を食べるの?』
「じゃあ聞くが、何で牛や豚、鶏肉を食べるんだ?」
私達は動物を食べて生きている。
同種を食べない事を前提に、狩っている。
『人は、美味しい?』
「美味い。だけどな、」
ぐりぐりと彼は私の頭を撫でる。
「会話出来るものを、食べたいとは思わない。人間だってそうじゃないのか?」
もし牛や豚や鶏が、人語を話せたら。
人はそれを食べるだろうか。
『私は、食べたくないな……』
「そうだろう?」
ザザっと、草を踏み分ける音がする。
3、4……いや、7か?
「まずいな」
人より回復が早くても、さっきの傷はまだ癒えていない。
それにいくら強くても、多勢に無勢だ。
『……すー……』
大きく息を吸う。
私が戦うべきは、今だ。
『はー……』
息を吐ききって、支えていた彼の体を突き飛ばす。
「っ?!」
私の役目は情報収集と、集団から離脱させる為の餌だ。
一部でも全部でも喰われた上で化け物を連れて来いということだ。
少し喰われて逃げ出せば、私を化け物は追うだろう、そこを大人数で叩く。
『……!』
正面に見える人影へ、真っ先に突っ込んで行く。
私の同業者でも、彼らは私みたいな捨て駒じゃない。
懐に忍ばせたナイフを手繰り寄せ、相手の首に突き立てる。
『いち……』
駆け寄ってきたもう1人に、催涙スプレーを振り掛けて、同じ様にナイフを突き立てた。
『にいっ?!』
ドスっと鈍い音がして、体が宙に浮いている事に気付く。
視界の端に男が見えた、殴られたのだ。
近くの木に左半身を強打して、体勢を立て直す。
燃える様な痛みが走ったが、相手は暗殺者だ、待ってはくれない。
拳銃を取り出して狙いを定め、瞬時に放つ。
『さん』
銃は音が大きい為、使いたくなかったが仕方無い。
くるりと反転して、銃を構えたもう一人も撃ち抜く。
『よん』
そして彼の元へと走る。
左がぬめっている気がするが、構うものか。
「おらあっ!」
彼の周りには2人が倒れていた。
今彼と対峙している男が最後の1人だろう。
『作戦失敗だ!帰還しろ!』
男は私を振り返り、視線を私の左脇腹へと移す。
「殺すまでもない」
そう吐き捨てると瞬時に去って行く。
「大丈夫か!?」
正しいこととは何だろう。
人間を喰らう化け物を殺すこと?
化け物と呼ばれる優しい人を護ること?
『だい、じょーぶ……じゃないかも』
血が出過ぎている。
「今止血するからな」
どこか遠くに音を感じて、私は微笑む。
『良かった、生きてて』
貴方が生きていて良かった。
「ああ、生きてるから死ぬなよ!」
違うんだけどなあ。
『貴方が生きて……良かった』
ああ、涙で前が滲む。
「お前は自分の心配をしろ」
自分……、きっともう助からない。
全身から力が抜けて、頭から血が降りていく。
視界が狭くなる、私は黄泉へと足を踏み入れてしまっている。
『お願い』
彼の手を握る。
このまま死んで、土に返ると言うのなら。
『私を食べて』
「何、言ってるんだ!お前は助かる、俺が助ける!」
分かっているでしょうと、私は首を振る。
『貴方に食べられたい』
無駄になる命なら、貴方の血肉となって一時でも貴方の中で生きたい。
to be continued.