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この世界は嘘で塗り固められている。

認識が少しずつずれて、やがては……自分ではないものになってしまうのだ。


私がこの世界にやって来たのは3ヶ月程前になる。

自ら来たのではなく、気付いた時にはここに居た。

「何だ、また考え事か?」

短髪の黒髪に美しい赤い目のこの男と共に、私はこの地へ降り立った。

『まあね』

彼はジェイと呼ばれ、私はクオネと呼ばれている。

私達は何も覚えてはいなかった。

どうやって生まれ、どうしてここに居たのか、まるで分からない。

最初の記憶は、広大な砂漠の中でジェイと並んで立っていたものだ。

彼は私をクオネと呼び、私もまた彼をジェイと呼んだ。

自己紹介もしていないのに、何故だか互いの名が分かった。

「行こう、クオネ」

彼は微笑み、手を差し出す。

私は戸惑いもせず、それを握ったのを覚えている。

『ジェイ?』

歩いて歩いて、彼と並んでひたすらに歩いていた。

「ん?」

『何で砂漠なのに暑くないの?』

風も無いのに暑くない、汗も出ないし疲れさえしない。

「何でだろうな?……お前は、ここが何処だか知ってるか?」

『知らない』

心にわだかまりがあるのは分かるのに、何一つ思い出せなかった。

「俺もだよ」

『じゃあ何処へ向かっているの?』

立ち止まって振り返れば、一直線に続く足跡が見える。

「真っ直ぐ歩いてれば、どっかには着くだろうと思ってな」

……ガクッときた。

『行こうと言っておきながら、行き先は未定だと?』

「そうじゃない、俺は此処じゃないどこかへ行こうって意味で言ったんだ」

どちらにせよ、砂漠地帯に居ても仕方がないので歩くしか道はなかったのだけれど。

『どうして私に声を掛けたの』

「俺は砂漠に女を放っておく程、非道じゃないからな」

にっこり笑顔で返されて複雑な気持ちになった。

「何だよその顔は。俺が声を掛けなかったら、お前は俺を置いて行く気だったのか?」

問われ、考える。

私はきっとジェイと同じ行動に出ただろう。

そうするのが当然だと、刷り込まれたかの様に声を掛けるに違いなかった。

『一緒に行こうって言うよ』

繋いだままの手をぎゅっと握り締める。

「ふっ」

ジェイは笑いを漏らして、くしゃくしゃと頭を撫でた。

その仕草に見覚えがある気がして、じいっと彼を見つめる。

「ん?撫でられるのは嫌いか?」

悪かったなと言って、彼は再び手を取り歩き出した。

『嫌いじゃない。何だか……懐かしい気がしただけ』

ぷいっと横を向くと、今度はわさわさと頭を撫でられる。

「拗ねるなよ」

『拗ねてないよ』

そうしてるうちに何かが見えた。

『ジェイ、前』

建物だろうか。オアシスには見えないので、街だろうか。

陽炎のせいでよくわからない。

「前、っ!?街……か?」

オアシスなら、よくある展開で偽物な訳だが。

『蜃気楼だったりして』

口にして早くも後悔する。

いくら疲れないからと言っても、歩き続けるのは御免だ。

「蜃気楼か。蜃気楼だとしても、まあ良かったんじゃないか」

『は?良かった?』

意味が分からない。

「蜃気楼が何故見えるか知ってるか?」

『知ってるよ、温度差で光が異常に屈折して起きるんでしょう』

その通り!と、ジェイは人差し指を立てる。

「だが、俺が聞きたかったのはそれじゃなくてだな……うーん、聞き方を間違えたな」

ふむ、と顎に手を当てる。

「街が見えるのは何故か」

『だから、光が屈折して…
「何を映してる?」

何とは、街に決まっている。

『どこかの街……っ?!街?!』

蜃気楼は、存在しないものを映し出すことは出来ない。

言い換えれば“蜃気楼に写し出されたものは存在する”ということだ。

「例えあれが蜃気楼だとしても、この世界は砂漠地帯だけじゃないっていうことだ」

満面の笑みを向けられて、急に冷静になる。

『この世界で、私達が考える常識が通用するならね』

すっぱり切ってやると、眉間に皺を寄せて悲しそうな顔になった。

「そうだよな、うん。これ、夢とかだったらいいのにな」

記憶が無くて、暑くなくて、疲れもなくて。

それなのに彼の手の感触だけが妙にリアルな夢だ。

『現状を見なさいよ』

自分にも言い聞かせる。

『今居る世界だけが唯一の現実でしょう』

夢だとして、夢の住人にとっての現実はこちらだ。

醒めることのない夢なら、今がすべて。

「案外大人なんだな」

自分の考え方が大人びているとは到底思えなかった。

『私は子供よ』

大人になりたくないと願った、馬鹿なやつだと。

そう考えて、はっとする。

『っ、』

体がガタガタと震えだし、気持ち悪くなってきた。

『ジェイ』

繋がれた手をきつく握り締める。

「っと、何だ?大丈夫か」

背中をポンポンとあやされて、泣きそうになった。

『ごめんなさい、もう少しだけ』

涙を流したくなくて、上を向く。

必然的にジェイの顔を見ることになってしまった。

「辛いのか」

真剣な顔をして聞いてきたかと思えば、左の手のひらで目を覆われた。

『分からないの』

自分が何だったのか。

「そうだな」

『怖くて寒くて』

砂漠なのに。

「ああ」

『なのに一人じゃなくて』

一人なら何とも思わず、取り乱しもしなかっただろう。

「俺が居て良かったな」

砂漠の温度を感じないくせに、彼の手は温かで優しい。

『私が居て良かった、でしょう?』

虚勢を張ってはみたが、いっぱいいっぱいだった。

「お前で良かったよ」

言ってそっと背中に右手を添えるから。

目を覆う彼の左手に両手を重ねて、しゃくりあげないように必死だった。


その後、街は蜃気楼ではなかったので割と直ぐ着いた。

「おや、いらっしゃいね」



to be continued.