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2023.5.3 23:13 [Wed]

「逃がすか…っ!」
虎杖は点滴の針を引き抜きながらベッドから下りた。両足が地に着いた瞬間、地べたにドタッと倒れ込む。自分の身体じゃないみたいに身体がふらつく。宿儺を野放しにしてはいけない、その一心で頭を振ってすぐに立ち上がると、椅子にかけてあった自身のコートを掴み病室のドアを引いた。
飛び出した瞬間、看護師とぶつかる。互いに短い悲鳴が上がる。
看護師の持っていたカルテ類が散乱し、一瞬悩んだが虎杖は謝りながら拾う。
「虎杖さん、ちょっと大丈夫?」
顔色の悪い虎杖に看護師が心配そうな声をかける。
「宿儺…っ」
拾い渡した後、廊下を見渡すが既にその姿は見えない。
「弟さんなら、今さっきすれ違ったけど」
はっとして、何か危害を加えられてないかと聞こうとした虎杖に、看護師が少し口元を緩ませた。
「優しい弟さんね」
「え…?」
虎杖は思わず動きが止まる。
「だって弟さん、夜中もずっと貴方に付きっ切りだったのよ」
虎杖は戸惑う。頭の中がごちゃごちゃしている。状況を未だに飲み込みきれていない。
自身は、最期の時に宿儺に呪いをかけた。
力を奪ったのも、兄弟となり生死に繋がりを持たせたのも呪いによるもの。
全て最期の時に、咄嗟にかけた即興のような呪いだった。そして、上手くいったのだ。
だが、混乱しているのは、この世界での記憶の方であった。
思い起こされる二人の記憶が、虎杖の思考を混乱させる。全て紛い物の日常、気持ちなのであった。
未だに脳を朦朧とさせる熱が、焦りが、落ち着いて考えを整理する猶予を与えないでいる。
ふと、虎杖は病室の方へと向き直る。先程、コートを手に取った時に視界に入ったものがあった。
鞄の横にあるそれを改めて確認する。コンビニの白いレジ袋だった。
額に置かれた手の温もりが、宿儺の顔が夢でない事を知る。
震える手が持つ袋の中から、苺のショートケーキが二つ覗いていた。



何もせずとも虎杖は時を迎えれば思い出したのだった。
病院を出た宿儺は、歩きながら考えを巡らせる。
記憶は生前の年齢と同じになったから復活したのだろうと思い至った。高熱もそれが原因。予兆だったのだろう。
虎杖の返答は想定内だった。脅しは通用しない事も分かっていた。
どんなに苦しめても虎杖は決して信念を曲げない。生前から馬鹿にして見ていた姿だ。
得たものは、打つ手なしという答え。今までの苦労は、全て、この事実を受け入れる為のものだった事になる。
腹立たしく思える筈のその答えは、意外にも、すんなりと受け取れた。
だが、二度と戻ってこない紛い物の日常を思い出すと、突然、内に隙間風が吹かれたような感覚に襲われた。
何だこれは?
自死してやり直す事など、こりごりだ。無意味極まりない。もう何もかもが億劫でどうでも良かった。
全て終わったのだ。退屈な人間の真似事も、くだらない兄弟ごっこも何もかも。
心が恐ろしく空虚となっている。何故だ?胸がつっかえ、目の奥がチリチリとする。
歩を進める足が、地に着いている感覚がない。まるで、自分の身体ではないかのようだった。
傍の水たまりの水がパシャッと足に跳ねるが、気にもならない。
何なのだ?何故、こんなにも虚しい?俺は何に対して虚しくなっている?
当てもなく歩き続ける。死すら許されないのであれば、いつか思考も自我さえも消えてなくなるまで。

「宿儺!」
その声は、大通りに響き渡った。振り向くと、数メートル先で病院着の上にコートを羽織った虎杖が息を切らしている。足元も病院のスリッパのままだった。宿儺は無言で一瞥した後、また前を向き歩き出す。
「待て…!どこ行くつもりだ…!」
「オマエがいなければどこでも良い」
宿儺は歩みを止める事なく進む。
「お前を離す訳にはいかない…!」
虎杖が追いかけてくる。その速度は著しく遅い。
「俺に力はない。オマエこそ、俺に構わずさっさと自由になったらどうだ」
虎杖の足がもつれてまた転倒しかける。顔を上げた虎杖は、はっとする。




(参考1)
虎杖の足がもつれてまた転倒しかける。顔を上げた虎杖は、はっとする。
「宿儺!」
虎杖が叫ぶ。
「おい!」
眉間にしわを寄せ舌打ちをしながら宿儺は振り向く。
「しつこい…!」
「危ない!」と叫ぶ叫ぶ虎杖の顔、その視界の隅に歩行者信号が赤く点灯しているのが映る。
同時に耳に入るクラクション。
左を見ると大型トラックが宿儺に迫ろうとした。
しまったと思った瞬間、全身に強い衝撃を受けた。
倒れ込む宿儺。生きている事を自覚する、身体を起こすと虎杖が倒れているのが目に入った。自分は虎杖に突き飛ばされ難を逃れた事を知る。一瞬呆けた後、虎杖に近寄る。
「何をしている」
止めどなく血が流れている虎杖。虎杖は薄く目を開け宿儺を見る。その瞳に驚愕する宿儺の顔が映る。虎杖は何も言わずゆっくり瞳を閉じた。
そこからの記憶は曖昧となる。呆けていた宿儺の代わりに誰かが救急車を呼んだ。緊急治療室の灯りが目に入っていた事は覚えている。それから何を言われどうやって一室まで歩いたのかはまるで思い出せなかった。
目の前の虎杖はまるで眠っているかのように横たわっていた。その顔を放心のまま見つめる。
「何故、俺は生きている?」
時間の感覚はあまりないが、とうに時間は経っている。引きずられる気配が感じられない。
何故、因果が切れた理由を理解できない。何よりも、
「何故俺を助けた」
返ってくる言葉はない。
顔に触れてみる。冷たく確かに死んでいる。
あの温かさはなかった。
「起きろ、答えろ」
頬に涙が伝い驚く。胸に痛みを感じる。
「これは、何だ?」
俺はこれを知らない。これもオマエの呪いなのかと。
静まり返る一室。
ふと気付く。自身に呪力が復活している確かな感覚を。
虎杖が死んだ事で虎杖がせき止めていた力が宿儺に渡ったのだった。
宿儺はようやく自由を得た。
(因果が切れた道)
音もない真っ暗な闇の中、虎杖は立っていた。闇夜が続くようなここに時間の概念は存在しない。
一つ、溜息をついた。「やっちまったなぁ」
あの時、反射的に身体が動いてしまった。
それはまだ良い、問題は手を離しまった事だ。
宿儺は離してはならない。虎杖はそう呪ったのだから。
ただ死ぬだけでは罪は清算されないと。償わせ後悔させる事。そして自分も離さない事で呪いを被った。
だが、道ずれにはできなかった。思わず手を離してしまった。
偽りの日々が脳裏をかすめたからだった。
「呪力術式も全部向こうに渡ったんだろうな」
最悪だと思う。自分は結局愚かでしかなかったのだと。
ここから先は一人だ。一人、罪を負い呪いを背負っていく。
どうなるかは分からない。因果が消えた今、目の前にあるのはこの闇のみ。
罪を背負いながら永劫にこの闇を歩いていくのだろう。
虎杖はゆっくりと歩き出した。
パシッと後ろから手首を掴まれた。
驚いて振り返ると宿儺が立っていた。
「宿儺…?なん…で?]
「え…まさかお前、死んだのか…?」
混乱する虎杖にようやく宿儺は口を開いた。
「俺を離さないんじゃなかったのか?」
「え…」
「随分とふざけた呪いをかけたものだ。何が兄弟だ、くだらん」
鼻で笑う宿儺。
「俺が後悔や改心などすると思ったか?断言してやる。俺は変わらない」虎杖を見据える。
「例えオマエと永劫を共にしようとな」
虎杖は目を大きく開いた。掴む手の温かさに気付き、胸がじわりと熱くなった。
「ああ」震える唇で答える。
瞬間、辺り一面の闇夜に光が散りばめられる。星の様に輝く。
「絶対に離さねぇからな、宿儺」
手首を回し掴んでいた宿儺の手を握る。虎杖は自然と口元に笑みが浮かんでいた。宿儺も挑発的に笑い返した。
「精々、退屈させるなよ、小僧」
そして二人は、再びいつ終わるともしれない永劫の呪いへと歩み出した。
(参考2)
「お前を離す訳にはいかない…!」
「俺に力はない。オマエこそ俺に構わずさっさと自由になったらどうだ」
虎杖の足がもつれてまた転倒しかける。顔を上げた虎杖は、はっとする。
「宿儺!」虎杖が叫ぶ。
「おい!」
眉間にしわを寄せ舌打ちをしながら宿儺は振り向く。「しつこい…!」
「危ない!」と叫ぶ虎杖の顔、その視界の隅に歩行者信号が赤く点灯しているのが映る。
同時に耳に入るクラクション。
左を見ると大型トラックが宿儺に迫ろうとした。しまったと思った瞬間、全身に強い衝撃を受けた。
倒れ込む宿儺。生きている事を自覚する、身体を起こすと虎杖が倒れているのが目に入った。自分は虎杖に突き飛ばされ難を逃れた事を知る。一瞬呆けた後、虎杖に近寄る。
「何をしている」
止めどなく血が流れている虎杖。虎杖は薄く目を開け宿儺を見る。その瞳に驚愕する宿儺の顔が映る。虎杖は何も言わずゆっくり瞳を閉じた。
付いたら身体が動いてた
宿儺、オマエ、そんな顔するんだな
そこからの記憶は曖昧となる。呆けていた宿儺の代わりに誰かが救急車を呼んだ。緊急治療室の灯りが目に入っていた事は覚えている。それから何を言われ、どうやってこの一室まで歩いたのかはまるで思い出せない。
目の前の虎杖はまるで眠っているかのように横たわっていた。宿儺は、その顔を放心のまま見つめる。
「何故、俺は生きている?」
時間の感覚はあまりないが、時間が経ち過ぎている。引きずられる気配が感じられない。
何故、因果が切れた理由を理解できない。、
「何故俺を助けた」
返ってくる言葉はない。
顔に触れてみる。冷たく確かに死んでいる。
あの温かさはなかった。
「起きろ、答えろ」
頬に涙が伝い驚く。胸に痛みを感じる。
「これは、何だ?」
俺はこれを知らない。これもオマエの呪いなのかと。静まり返る一室。
ふと気付く。自身に呪力が復活している確かな感覚を。
虎杖が死んだ事で虎杖がせき止めていた力が宿儺に渡ったのだった。
宿儺はようやく自由を得た。
理解できない
何で死んだ?
何で俺を助けた?
何で俺は生きている?
答えろ、小僧
なんだ、この冷たさは
なんだこれは。
これもオマエの呪いなのか?
…!
俺に呪力が。そうか俺の理論は合っていた。
俺はようやく自由を得た。
音もない真っ暗な闇の中、虎杖は立っていた。闇夜が続くようなここに時間の概念は存在しない。一つ、溜息をついた。
「やっちまった」
あの時、反射的に身体が動いてしまった。
それはまだ良い、問題は手を離してしまった事だ。宿儺は離してはならない。
虎杖は自分をも呪ったのだから。
ただ死ぬだけでは罪は清算されないと。償わせ後悔させる事。
そして自分は手綱を離さない役目だった。
だが、道ずれにはできなかった。
思わず手を離してしまった。
偽りの日々が脳裏をかすめたからだった。
そう、偽りなのだ。それでも虎杖の中では大きなものだった。
「呪力術式もアイツに渡ったんだろうな」
最悪だと思う。自分は結局愚かでしかなかったのだと。ここから先は一人だ。一人、罪と呪いを背負っていく。因果が消えた今、この空間はどこにも向かわない闇でしかない。罪を背負いながら永劫にこの闇を歩いていくのだろう。虎杖はゆっくりと歩き出した。
やっちまった
偽りでも愛おしい日々だった。
俺は結局呪いを振りまく存在なんだ。


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