自然のその偉大さに、人々は願い祈る
2019-1-20 23:20
花よ舞え
「ここが花の街ハルルなんですよね?」
「うん、そうだよ」
見上げれば、高台に大きな木が見える。街の道も少し坂道になっており、あの木を中心に下るように街ができているようだった。
「この街、結界ないのか?」
そういえば、と思い見渡してみる。結界魔導器らしきものはこの街には見られない。そのわりには、大きな城壁も見えないようだが。そんなはずは、とエステルが周囲を確認する。
「3人とも、ハルルは初めて?」
「そうだね」
「そっか。だったらハルルの樹の結界魔導器も知らないんだ」
「あれ魔導器なの?」
樹の結界。初めて聞く話だ。魔導器っぽくないけどあれは有機物ではないのだろうか。
「魔導器の中には植物と融合し有機的特性を身に付けることで進化をするものがある、です」
「マジで?」
嘘でしょ。魔導器って機械じゃないの?植物と融合できるなんて、技術とかそういうレベルではないのでは。そういったものが複数確認できているらしく、その代表がハルルの結界魔導器、あの大樹なのだとエステルは話す。改めて見上げてみる。色々不思議なことがあるが、これほどまでに驚くことがあるだろうか。
無機物でも、有機物として生命を得るのか。
「……博識だな。で、その自慢の結界はどうしちまったんだ?」
ユーリが視線を向ける先には、傷ついた人達がいた。街の外を出歩くような装備には見えないところから、恐らくはこの街の人間。しかしそこにいる人々は傷を負い、疲弊している。
「毎年、満開の季節が近づくと一時的に結界が弱くなるんだよ」
「それは……まずくない?そこ狙われたらアウトじゃん」
「そう。ちょうど今の季節でさ。そこを魔物に襲われたんだ」
魔物も馬鹿ではない。何度も結界を見ていれば、本能的にそういう時期を理解する。そこを対策していなかったのかが不思議だ。
「魔物はやっつけたけど、樹が徐々に枯れ始めてるんだ」
自然というのには必ず流れがある。帝都のような魔導器もメンテナンスは必要なものの、有機的な生命の状態に左右されない分、機械というのは実に扱いやすく対処しやすいのだろう。最も、古代の文明故に完全に扱えている訳ではないのだろうが。
カロルが何かを見て声をあげる。エステルが不思議そうに尋ねた。
「ごめん!用事があったんだ!じゃあね!」
「勝手に忙しいやつだな。エステルはフレンを探すんだよ……な?」
「残念、エステルはあちらになります」
「大人しくしとけって、まだわかってないらしいな。それに、フレンはいいのかよ」
まあエステルらしいと言えばらしいが。彼女は怪我をした人達を治療に向かってしまった。ユーリはそちらには向かわないようで、街中の様子を見に行くと歩き出した。
「で、お前はどうする?」
「あの樹が近くで見たいかな」
「随分あれが気になるんだな。ま、取り敢えず行くか」
ユーリと街中を歩くと、何となく寂しい雰囲気が街に満ちているのがわかった。これまでの時期とは異なり、結界魔導器が壊れかけているのだ。この街の人々の不安が街をそう見せているのだろう。
「私に皆さんの手当てをさせて頂けませんか?」
「なんと、治癒術をお使いになるのか!?ええ、それは是非とも!……あ、いや、ですが、私らお金の方は……」
「そんなのいりません」
ほんの少しだけ街を見たが、やはりユーリはエステルのことが気になるらしい。しかし彼女の元に駆け寄ることはせず、遠くから様子を見ることにした。何かを思案するように顎に手を当てて、じっと怪我人とエステルの輪を見ている。
「まあ、帝国の方々には、私らがどうなろうと関係ないんでしょうな」
聞こえてきた言葉にエステルが表情を曇らせた。彼女の中で騎士と街の人々との溝は明確に見えていない。それが、このように言われてしまうとは。彼女には衝撃だろう。
「あ、でも、あの騎士様だけは違ってましたよね」
「おお、あの青年か。彼がいなければ、今頃私らは全滅でしたわ。今年は結界の弱まる時期が早く、護衛を依頼したギルドが来る前に襲われてしまいましてな」
ここでようやく、ユーリがエステル達の元に歩き出した。ここでいう騎士とは恐らく、フレンのことだろう。偶然街に滞在していた巡礼中の騎士が魔物撃退に手を貸したらしい。
「その騎士様って、フレンって名前じゃなかった?」
待ち人のひとりが肯定する。やっぱりフレンだ。エステルが慌てて騎士の居場所を尋ねる。
「いえ、結界を直す魔導師を探すと言って旅立たれました」
結界を直す。そんなことができるのだろうか。まして、有機物と結合したひとつの生命を治すことなど。行き先の見当を尋ねるも、東の方とだけしか分からなかった。東だと広いよね!エステルが落胆しながら頷いた。
「でも、ここで待っていればフレンは戻ってくるんですね」
「よかったな。追いついて」
「はい……会うまでは安心できませんけどよかったです」
ということは、彼女の旅はここで終わりということだろうか。何だか少し寂しい。ユーリがハルルの樹を見に行こうと誘った。ユーリも名残惜しいのだろうか。
あっというか俺もフレンに会わないと。このふたりのことを伝えとかないとね。エステルが嬉しそうに頷いた。
「ユーリ達はいいんです?魔核ドロボウを追わなくても」
「樹見てる時間くらいはあるって」
「そうそう。どうせまた暫く長引くだろうし。休憩は大事だよ」
俺達はハルルの樹を見るために街の上の方に向かった。途中には地盤に亀裂があるようで、吊り橋が渡してあるところがあった。そこには見覚えのある少年がひとり、しょんぼりした様子で立っていた。どうしたどうした連鎖しょんぼりか。そういえば彼は誰かを探していたようだった。見つからなかったのかもしれない。
「カロル、どうしたんです?」
エステルの声掛けに気づかないようで、ずっと下を向きながらぶつぶつと呟いている。エステルがもう1度声を掛けようとして、ユーリがエステルの肩を叩いた。ひとりにしておこう、という判断らしい。
改めてハルルの樹に向かう道中で、子どもが武器を手にして決起する姿が見えた。エステルがその様子に心を痛めている。何とも言えない光景だ。空気の重さが更に増した気がした。
樹の前に立つと、その大きさに圧倒された。森の木々ですら小さく見える程の姿は、きっと満開ともなればさぞ雄壮であろうと思われた。
「近くで見るとほんと、でっけ〜」
「もうすぐ、花が咲く季節なんですよね」
「これが咲いたら、圧巻だろうなあ」
「どうせなら、花が咲いてるところ見てみたかったな」
「そうですね。満開の花が咲いて街を守っているなんて素敵です」
見上げると地上と天を繋ぐように幹や枝が伸びている。枯れかけているとは思えないほどその姿は力強い。長い長い時間を、生きてきたのだなと思った。
「わたし、フレンが戻るまでけが人の治療を続けます」
「なあ、どうせ治すんなら、結界の方にしないか」
「えっ、ユーリ何か案あったの?」
「こんなでかい樹だ。魔物に襲われた程度で枯れたりしないだろ」
そういうものなのだろうか。まあ確かに、この辺りの魔物がちょっとかじったとか暴れた程度で死ぬのかは疑問だが。
「何か他に理由があるってことですか?」
「オレはそう思うけどな」
成る程。その理由の究明と打開策を探すって話か。ただの魔導器と違って、有機物ならではの理由があるのなら、特段機械に精通しなくても何か糸口が見つかるのかもしれない。
うろうろと樹の回りを見て回っていると、先程のけが人の輪にいたお爺さんが声を掛けてきた。樹が枯れた原因を調べているというとフレンにも原因が突き止められなかったと教えられた。やっぱりフレンも、何かしら他の理由があると思ったのだろうか。
話しているとカロルがかなり重い足取りで歩いているのが見えて、エステルが声をかけた。表情が若干拗ねているような感じだ。
「……なにやってんの?」
「ハルルの樹が枯れた原因、調べようかと思って」
「なんだ、そのこと……」
なんだっておま……。
「理由なら知ってるよ。そのためにボクは森でエッグベアを……」
知っとるんかい。ユーリが一瞬驚いたような顔をして尋ねた。
「土をよく見て。変色してるでしょ?それ、街を襲った魔物の血を、土が吸っちゃってるんだ。その血が毒になって、ハルルの樹を枯らしてるの」
よく知ってるね!お爺さんもびっくりだよ。でもそう聞いて合点がいく。樹は、大地から養分を吸い上げる。そこに毒が混じれば体内に循環する栄養分にも毒が混じることになる。物知り、というか、魔物の影響だろうと漠然と理解せず、その中の本当の理由を観察と知識によって導き出す見方は、彼の繊細さの現れなのかもしれない。
「……ボクにかかれば、こんくらいどうってことないよ」
そう言うカロルの様子はずっと落ち込んでいる。
「その毒を何とかできる都合のいいもんはないのか?」
「あるよ、あるけど……誰も信じてくれないよ……」
「信じる。信じるよカロル。だから教えて、この樹を治す方法を!」
一番に食いついた俺に、ふたりは目を丸くした。思った以上の反応に、カロルの少し後ずさる。それを気にせず、俺はカロルの肩をがっしりと掴んで揺さぶった。
「ちょっ、まっ、待って……パナシーアボトル!パナシーアボトルがあれば治せると思うんだ!」
パナシーアボトルって売ってないの!?ユーリを見ると、少し考える素振りをして、よろず屋に聞いてみるか、と言った。エステルも意気込んで行ってみようと踏み出した。
「無かったら困るからカロルも同行な!行こうカロル!」
「ええっ、ちょっと待って!引っ張らないでってばあ!」
いつぞや俺の服を引っ張ったろうが。それのお返しと思ってくれ。よろず屋につくと店主が威勢よく迎えてくれた。
「パナシーアボトルはあるか?」
「あいにくと今切らしてるんだ」
「そんな……」
「素材さえあれば合成できるんだがね」
「何があれば作れる?」
「エッグベアの爪とニアの実、ルルリエの花びらの3つだ」
「よし探すか」
「ちっと落ち着け。そこから動くなよ」
何だよいいじゃないか。善は急げって言うだろ。店主がパナシーアボトルの使い道を尋ねる。どうやら、カロルが既に聞いていたらしい。言って!それ先に言って!いつの間にか放していたようでカロルの姿が消えていた。逃げ足の速さも天下一かよ。
「パナシーアボトルを樹に使うなんて、聞いたこと無いけどなあ」
「ふーん、成る程」
知らないということは試す価値はあるということだ。ほらユーリ探しに行っていい?まだ駄目ですかそうですか!
「あの、ニアの実ってどういうものです?」
「エステルが森で美味い美味いって食ってたあの苦い果実だ」
「あれか」
「どうせそうだろうと思ってたが、お前知らなかったろ」
「全然」
「どうやって探す気だったんだよ」
ごめんね!勢いで生きてるからね!エステルがそれぞれの素材に関わることで質問している。エッグベアの爪は当然エッグベアから採れるのだろうが、よろず屋はそういう知識は専門外らしい。そういうのが得意なのはそういうのを相手にしている人間、つまり魔狩りの剣の方々が知っている可能性が高いらしい。
ん?魔狩りの剣?
「カロルがなんで森で優雅に回ってたのかが分かったね」
「そうだな。で、ルルリエの花びらってのは?」
「この街の真ん中にハルルの樹があるだろ?あれの花びらさ」
あれルルリエって言うの?学名?普通なら魔導樹脂を使うらしいが、その単語もさっぱり分からない。しかし花は枯れているので花びらを取りようがない。そう思って落胆していると、花びらは長が持っているかも、と教えてくれた。よくやった!長んとこ行こう!
ユーリがこちらに振り返った時点で俺は長の家に走り出していた。が、ユーリが服の後ろの靡いてるとこを掴んでくれたお陰でまた急停止した。
「勝手に行くなっての」
「急いでますんで」
「急いだ結果何も知らずに無駄に走り回ろうとしたのはどこの誰だ?」
「とんでもない馬鹿がいたもんですな」
「全くだ。さてそのお馬鹿さんはこれからどうすんのかな」
「ついてきまーす」
結局ユーリについていくことになった。いやもうそれが正しいよね!さっぱり分からんかったもんね!途中で灯籠のようなものの後ろに隠れたカロルを見つけた。ほぼ見えてたけどね!
「パナシーアボトルで治るって話、信じてくれるの?」
「嘘ついてんのか?」
カロルは首を横に振った。
「だったら、オレはおまえの言葉に賭けるよ」
カロルの表情が明るくなる。しょうがない、と言いながら嬉しそうに協力を承諾してくれた。エステルが決まりですね、と喜ぶ。カロルが不思議そうにエステルの同行を確認した。
そうか、フレンを待つだけならここにいても良いだろう。けど、エステルならそうしないことは分かっている。当然のように肯定するエステル。
「フレン待たなくていいのかよ」
「すれ違いになったら大変だよ?」
「治すなら樹を治せって言ったのはユーリですよ?」
「なら、フレンが戻る前に樹治して、びびらせてやろうぜ」
びびるフレンとかちょっと見たいな。そんなやましいことを考えながら今度は長の家に向かった。表情が浮かない長が玄関前にいたので、声を掛けてルルリエの花びらのことを聞いてみる。
「誰からそれを?確かに持っていますが……」
こちらの経緯を話すと、長は得心がいったという風に頷いた。
「ルルリエの花びらは、ハルルの樹に咲く3つの花のひとつ」
「えっ、複数の花が咲くんですか?」
「ええ。それを半年間陰干しにして作る、貴重な素材なのです」
めっちゃ手の込んだ少ない素材じゃないか。パナシーアボトルって貴重なんだね。最後のひとつを、樹が甦るのであればと長は渡してくれた。優しい眼差しがすがるように一瞬伏せられたのを見て、エステルは大事に受け取りながら頭を下げた。
「あとは」
「ニアの実とエッグベアの爪」
「だっけか」
「うん、クオイの森へ行こう」
お互いに強く頷くと、長へ挨拶をしてからその場所を後にした。
待っててね、ハルルの大樹。その灯火が消える前に、また会いに行くから。
「うん、そうだよ」
見上げれば、高台に大きな木が見える。街の道も少し坂道になっており、あの木を中心に下るように街ができているようだった。
「この街、結界ないのか?」
そういえば、と思い見渡してみる。結界魔導器らしきものはこの街には見られない。そのわりには、大きな城壁も見えないようだが。そんなはずは、とエステルが周囲を確認する。
「3人とも、ハルルは初めて?」
「そうだね」
「そっか。だったらハルルの樹の結界魔導器も知らないんだ」
「あれ魔導器なの?」
樹の結界。初めて聞く話だ。魔導器っぽくないけどあれは有機物ではないのだろうか。
「魔導器の中には植物と融合し有機的特性を身に付けることで進化をするものがある、です」
「マジで?」
嘘でしょ。魔導器って機械じゃないの?植物と融合できるなんて、技術とかそういうレベルではないのでは。そういったものが複数確認できているらしく、その代表がハルルの結界魔導器、あの大樹なのだとエステルは話す。改めて見上げてみる。色々不思議なことがあるが、これほどまでに驚くことがあるだろうか。
無機物でも、有機物として生命を得るのか。
「……博識だな。で、その自慢の結界はどうしちまったんだ?」
ユーリが視線を向ける先には、傷ついた人達がいた。街の外を出歩くような装備には見えないところから、恐らくはこの街の人間。しかしそこにいる人々は傷を負い、疲弊している。
「毎年、満開の季節が近づくと一時的に結界が弱くなるんだよ」
「それは……まずくない?そこ狙われたらアウトじゃん」
「そう。ちょうど今の季節でさ。そこを魔物に襲われたんだ」
魔物も馬鹿ではない。何度も結界を見ていれば、本能的にそういう時期を理解する。そこを対策していなかったのかが不思議だ。
「魔物はやっつけたけど、樹が徐々に枯れ始めてるんだ」
自然というのには必ず流れがある。帝都のような魔導器もメンテナンスは必要なものの、有機的な生命の状態に左右されない分、機械というのは実に扱いやすく対処しやすいのだろう。最も、古代の文明故に完全に扱えている訳ではないのだろうが。
カロルが何かを見て声をあげる。エステルが不思議そうに尋ねた。
「ごめん!用事があったんだ!じゃあね!」
「勝手に忙しいやつだな。エステルはフレンを探すんだよ……な?」
「残念、エステルはあちらになります」
「大人しくしとけって、まだわかってないらしいな。それに、フレンはいいのかよ」
まあエステルらしいと言えばらしいが。彼女は怪我をした人達を治療に向かってしまった。ユーリはそちらには向かわないようで、街中の様子を見に行くと歩き出した。
「で、お前はどうする?」
「あの樹が近くで見たいかな」
「随分あれが気になるんだな。ま、取り敢えず行くか」
ユーリと街中を歩くと、何となく寂しい雰囲気が街に満ちているのがわかった。これまでの時期とは異なり、結界魔導器が壊れかけているのだ。この街の人々の不安が街をそう見せているのだろう。
「私に皆さんの手当てをさせて頂けませんか?」
「なんと、治癒術をお使いになるのか!?ええ、それは是非とも!……あ、いや、ですが、私らお金の方は……」
「そんなのいりません」
ほんの少しだけ街を見たが、やはりユーリはエステルのことが気になるらしい。しかし彼女の元に駆け寄ることはせず、遠くから様子を見ることにした。何かを思案するように顎に手を当てて、じっと怪我人とエステルの輪を見ている。
「まあ、帝国の方々には、私らがどうなろうと関係ないんでしょうな」
聞こえてきた言葉にエステルが表情を曇らせた。彼女の中で騎士と街の人々との溝は明確に見えていない。それが、このように言われてしまうとは。彼女には衝撃だろう。
「あ、でも、あの騎士様だけは違ってましたよね」
「おお、あの青年か。彼がいなければ、今頃私らは全滅でしたわ。今年は結界の弱まる時期が早く、護衛を依頼したギルドが来る前に襲われてしまいましてな」
ここでようやく、ユーリがエステル達の元に歩き出した。ここでいう騎士とは恐らく、フレンのことだろう。偶然街に滞在していた巡礼中の騎士が魔物撃退に手を貸したらしい。
「その騎士様って、フレンって名前じゃなかった?」
待ち人のひとりが肯定する。やっぱりフレンだ。エステルが慌てて騎士の居場所を尋ねる。
「いえ、結界を直す魔導師を探すと言って旅立たれました」
結界を直す。そんなことができるのだろうか。まして、有機物と結合したひとつの生命を治すことなど。行き先の見当を尋ねるも、東の方とだけしか分からなかった。東だと広いよね!エステルが落胆しながら頷いた。
「でも、ここで待っていればフレンは戻ってくるんですね」
「よかったな。追いついて」
「はい……会うまでは安心できませんけどよかったです」
ということは、彼女の旅はここで終わりということだろうか。何だか少し寂しい。ユーリがハルルの樹を見に行こうと誘った。ユーリも名残惜しいのだろうか。
あっというか俺もフレンに会わないと。このふたりのことを伝えとかないとね。エステルが嬉しそうに頷いた。
「ユーリ達はいいんです?魔核ドロボウを追わなくても」
「樹見てる時間くらいはあるって」
「そうそう。どうせまた暫く長引くだろうし。休憩は大事だよ」
俺達はハルルの樹を見るために街の上の方に向かった。途中には地盤に亀裂があるようで、吊り橋が渡してあるところがあった。そこには見覚えのある少年がひとり、しょんぼりした様子で立っていた。どうしたどうした連鎖しょんぼりか。そういえば彼は誰かを探していたようだった。見つからなかったのかもしれない。
「カロル、どうしたんです?」
エステルの声掛けに気づかないようで、ずっと下を向きながらぶつぶつと呟いている。エステルがもう1度声を掛けようとして、ユーリがエステルの肩を叩いた。ひとりにしておこう、という判断らしい。
改めてハルルの樹に向かう道中で、子どもが武器を手にして決起する姿が見えた。エステルがその様子に心を痛めている。何とも言えない光景だ。空気の重さが更に増した気がした。
樹の前に立つと、その大きさに圧倒された。森の木々ですら小さく見える程の姿は、きっと満開ともなればさぞ雄壮であろうと思われた。
「近くで見るとほんと、でっけ〜」
「もうすぐ、花が咲く季節なんですよね」
「これが咲いたら、圧巻だろうなあ」
「どうせなら、花が咲いてるところ見てみたかったな」
「そうですね。満開の花が咲いて街を守っているなんて素敵です」
見上げると地上と天を繋ぐように幹や枝が伸びている。枯れかけているとは思えないほどその姿は力強い。長い長い時間を、生きてきたのだなと思った。
「わたし、フレンが戻るまでけが人の治療を続けます」
「なあ、どうせ治すんなら、結界の方にしないか」
「えっ、ユーリ何か案あったの?」
「こんなでかい樹だ。魔物に襲われた程度で枯れたりしないだろ」
そういうものなのだろうか。まあ確かに、この辺りの魔物がちょっとかじったとか暴れた程度で死ぬのかは疑問だが。
「何か他に理由があるってことですか?」
「オレはそう思うけどな」
成る程。その理由の究明と打開策を探すって話か。ただの魔導器と違って、有機物ならではの理由があるのなら、特段機械に精通しなくても何か糸口が見つかるのかもしれない。
うろうろと樹の回りを見て回っていると、先程のけが人の輪にいたお爺さんが声を掛けてきた。樹が枯れた原因を調べているというとフレンにも原因が突き止められなかったと教えられた。やっぱりフレンも、何かしら他の理由があると思ったのだろうか。
話しているとカロルがかなり重い足取りで歩いているのが見えて、エステルが声をかけた。表情が若干拗ねているような感じだ。
「……なにやってんの?」
「ハルルの樹が枯れた原因、調べようかと思って」
「なんだ、そのこと……」
なんだっておま……。
「理由なら知ってるよ。そのためにボクは森でエッグベアを……」
知っとるんかい。ユーリが一瞬驚いたような顔をして尋ねた。
「土をよく見て。変色してるでしょ?それ、街を襲った魔物の血を、土が吸っちゃってるんだ。その血が毒になって、ハルルの樹を枯らしてるの」
よく知ってるね!お爺さんもびっくりだよ。でもそう聞いて合点がいく。樹は、大地から養分を吸い上げる。そこに毒が混じれば体内に循環する栄養分にも毒が混じることになる。物知り、というか、魔物の影響だろうと漠然と理解せず、その中の本当の理由を観察と知識によって導き出す見方は、彼の繊細さの現れなのかもしれない。
「……ボクにかかれば、こんくらいどうってことないよ」
そう言うカロルの様子はずっと落ち込んでいる。
「その毒を何とかできる都合のいいもんはないのか?」
「あるよ、あるけど……誰も信じてくれないよ……」
「信じる。信じるよカロル。だから教えて、この樹を治す方法を!」
一番に食いついた俺に、ふたりは目を丸くした。思った以上の反応に、カロルの少し後ずさる。それを気にせず、俺はカロルの肩をがっしりと掴んで揺さぶった。
「ちょっ、まっ、待って……パナシーアボトル!パナシーアボトルがあれば治せると思うんだ!」
パナシーアボトルって売ってないの!?ユーリを見ると、少し考える素振りをして、よろず屋に聞いてみるか、と言った。エステルも意気込んで行ってみようと踏み出した。
「無かったら困るからカロルも同行な!行こうカロル!」
「ええっ、ちょっと待って!引っ張らないでってばあ!」
いつぞや俺の服を引っ張ったろうが。それのお返しと思ってくれ。よろず屋につくと店主が威勢よく迎えてくれた。
「パナシーアボトルはあるか?」
「あいにくと今切らしてるんだ」
「そんな……」
「素材さえあれば合成できるんだがね」
「何があれば作れる?」
「エッグベアの爪とニアの実、ルルリエの花びらの3つだ」
「よし探すか」
「ちっと落ち着け。そこから動くなよ」
何だよいいじゃないか。善は急げって言うだろ。店主がパナシーアボトルの使い道を尋ねる。どうやら、カロルが既に聞いていたらしい。言って!それ先に言って!いつの間にか放していたようでカロルの姿が消えていた。逃げ足の速さも天下一かよ。
「パナシーアボトルを樹に使うなんて、聞いたこと無いけどなあ」
「ふーん、成る程」
知らないということは試す価値はあるということだ。ほらユーリ探しに行っていい?まだ駄目ですかそうですか!
「あの、ニアの実ってどういうものです?」
「エステルが森で美味い美味いって食ってたあの苦い果実だ」
「あれか」
「どうせそうだろうと思ってたが、お前知らなかったろ」
「全然」
「どうやって探す気だったんだよ」
ごめんね!勢いで生きてるからね!エステルがそれぞれの素材に関わることで質問している。エッグベアの爪は当然エッグベアから採れるのだろうが、よろず屋はそういう知識は専門外らしい。そういうのが得意なのはそういうのを相手にしている人間、つまり魔狩りの剣の方々が知っている可能性が高いらしい。
ん?魔狩りの剣?
「カロルがなんで森で優雅に回ってたのかが分かったね」
「そうだな。で、ルルリエの花びらってのは?」
「この街の真ん中にハルルの樹があるだろ?あれの花びらさ」
あれルルリエって言うの?学名?普通なら魔導樹脂を使うらしいが、その単語もさっぱり分からない。しかし花は枯れているので花びらを取りようがない。そう思って落胆していると、花びらは長が持っているかも、と教えてくれた。よくやった!長んとこ行こう!
ユーリがこちらに振り返った時点で俺は長の家に走り出していた。が、ユーリが服の後ろの靡いてるとこを掴んでくれたお陰でまた急停止した。
「勝手に行くなっての」
「急いでますんで」
「急いだ結果何も知らずに無駄に走り回ろうとしたのはどこの誰だ?」
「とんでもない馬鹿がいたもんですな」
「全くだ。さてそのお馬鹿さんはこれからどうすんのかな」
「ついてきまーす」
結局ユーリについていくことになった。いやもうそれが正しいよね!さっぱり分からんかったもんね!途中で灯籠のようなものの後ろに隠れたカロルを見つけた。ほぼ見えてたけどね!
「パナシーアボトルで治るって話、信じてくれるの?」
「嘘ついてんのか?」
カロルは首を横に振った。
「だったら、オレはおまえの言葉に賭けるよ」
カロルの表情が明るくなる。しょうがない、と言いながら嬉しそうに協力を承諾してくれた。エステルが決まりですね、と喜ぶ。カロルが不思議そうにエステルの同行を確認した。
そうか、フレンを待つだけならここにいても良いだろう。けど、エステルならそうしないことは分かっている。当然のように肯定するエステル。
「フレン待たなくていいのかよ」
「すれ違いになったら大変だよ?」
「治すなら樹を治せって言ったのはユーリですよ?」
「なら、フレンが戻る前に樹治して、びびらせてやろうぜ」
びびるフレンとかちょっと見たいな。そんなやましいことを考えながら今度は長の家に向かった。表情が浮かない長が玄関前にいたので、声を掛けてルルリエの花びらのことを聞いてみる。
「誰からそれを?確かに持っていますが……」
こちらの経緯を話すと、長は得心がいったという風に頷いた。
「ルルリエの花びらは、ハルルの樹に咲く3つの花のひとつ」
「えっ、複数の花が咲くんですか?」
「ええ。それを半年間陰干しにして作る、貴重な素材なのです」
めっちゃ手の込んだ少ない素材じゃないか。パナシーアボトルって貴重なんだね。最後のひとつを、樹が甦るのであればと長は渡してくれた。優しい眼差しがすがるように一瞬伏せられたのを見て、エステルは大事に受け取りながら頭を下げた。
「あとは」
「ニアの実とエッグベアの爪」
「だっけか」
「うん、クオイの森へ行こう」
お互いに強く頷くと、長へ挨拶をしてからその場所を後にした。
待っててね、ハルルの大樹。その灯火が消える前に、また会いに行くから。
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