閉じていた瞳を開けば、目の前の零はぽかんと、酷く間抜けな顔をしていた。
何が起きたんだといった様子で瞳を見開いたまま固まっている零がおかしくて、優姫は口元だけで笑う。
いつもはきつく寄せられた眉も今は驚きで皺も伸びていて、どこか幼い印象を与えた。
いつもこうならいいのにと思って、けれど言ったところで何の効果もないのだからとその言葉を心にしまう。

今こうして、改めて正面から零を見つめれば、幼なじみ以上の親愛が胸に湧いた。
きゅん、と胸の奥を突き刺す甘い衝動。
それをきっと、恋と呼び、愛と慕う。
離れていただけで身を切る程切なくなって、でも触れ合えばすぐに、何もかもが満たされる。

どうしようもなく好きだ、と今更知った。



「お、前………」
「うん」
「は……………………?何して」
「何って………仕返し?」

べーっと、優姫は舌を出して笑う。
零は一瞬絶句して、はぁーと盛大な溜め息をついた。
右手で顔を隠すように優姫から視線を逸らすが、指の隙間からほんのりと赤く染まった目元が見える。

「仕返しって、お前、馬鹿か。ってか馬鹿だ」
「馬鹿じゃないよ!」
「馬鹿だ、大馬鹿。自分が何したかわかって…」
「わかってるよ」

零が言い終わらぬ内に、優姫がきっぱりと言った。

「ちゃんと、わかってるよ。わかってて、キスしたの。零だから、したの。」

そこまで言って、優姫も恥ずかしくなってきたらしく頬を淡く染めた。

「この前のは、その。びっくりしたし、怖かった、けど……でも。別に嫌だった訳じゃないし……だから……」

その、と。
言い淀みながらもちらりと視線を向けてくる優姫に、零はまたぴきりと固まった。
自然と、いつものように眉間に皺が寄る。
言葉が、出ない。
あまりの急展開に正直頭がついていかない。
ちらちらと伺ってくる優姫の視線に耐えられず、零は脱力したように優姫の肩に額を預けた。

「俺は夢でも見てるのか……」

ぼそりと呟いた言葉は誰に向けたものでもない。
けれど。

「なにそれ…」

その呟きを拾った優姫はふふふ、と柔らかく笑んだ。
優姫の細い指が零の癖のない髪を撫でる。
息を吸い込めば、久しぶりに優姫の匂いがした。
甘えるように優姫の首に唇を寄せれば、くすぐったいよと優姫が笑う。


結局、一人で暴走した挙げ句、優姫から離れ。
それでも優姫から離れることなんてとうとう出来ず。
こうして、最後には連れ戻される自分の不甲斐なさに苦笑を溢して。
こんなところ、絶対理事長や学園関係者には見せられないなと溜め息をつく。
甘やかしているつもりで、いつのまにか甘やかされているのはいつも零だった。
きっと、これからも。


「優姫」
「ん?」
「この間は、ごめん」
「うん」
「あと……」
「ん?」

素直に顔を上げ此方を見つめる優姫の頬に手を滑らせて。
瞳を合わせれば、零の意図に気づいた優姫が目元をぽっと染め上げる。
少しうろうろとさ迷った瞳は、また零の視線とぶつかり、優姫はおずおずとそのまま瞼を閉じる。
ふっ、と。
零は久しぶりに笑みを溢した。

触れる柔らかな感触。
三度目のキスだった。






*これにて終了です。
続きを読む、にて後書き的な物を…(笑)