久しぶりにオレの家に遊びに来いよ、とアメリカに言われて、まあ特にこれといった用事もなかったので遊びに行ってやることにした。
「やあ、いらっしゃい」
ニッカリ笑うと、アメリカは俺を家の中に招き入れた。
そういえば。リビングへと歩いているとき気付いたのだが、廊下に飾られていた飾り鏡が見当たらない。以前ここに来たときには確かにあったはずだ。だが今は、鏡のあったはずの壁紙だけが日焼けせずに白く残っているだけだった。
少しおかしく思って部屋を見渡してみると、鏡が一つもないことに気付いた。
なんでこいつも、俺と同じようなことをしてるんだ?そう思ったとき、キッチンから「コーヒーいるかい?」と声がかかってきた。
「ああ」と曖昧に返事して、洗面所ものぞいてみようと立ち上がった。あそこは構造上どこの家にもかならず鏡が設置してある場所だから、もし意図的に鏡が廃除されているとしたら、そこの鏡もないはずだと思ったからだ。
部屋を出るとき、キッチンが目に入った。本当はそのまま通りすぎるつもりだったのだけど、ふと違和感を感じて足を止めてしまった。それはうっかりすれば、見逃してしまいそうなほどささいな違和感だった。だが気付いてしまえば、振り返らずにはいられない。
アメリカは、マグカップを二つ持ったまま、シンクを見つめていた。そう、鏡のように磨かれた、銀色のシンク。
何をしているんだろう。俺は疑問よりも不安を感じていた。心臓の音がうるさい。アメリカの目線の先が、シンクであることがこの上なく嫌な感じがする。手の平は嫌な汗でじっとり湿っていた。
仕方なく声でもかけようとしたとき、アメリカはゆっくりとカップを落とした。ガシャン、と割れる音に、背中が痙攣したように寒気立つ。足元に黒々と広がるコーヒー。アメリカはそれを、拾おうともしない。ただシンクの中の一点を見つめている。ここからはシンクの中はのぞけない。アメリカは何を見ているのだろうか。数歩だけ、近づく。すると、驚いたことに。
シンクの中のアメリカが笑っていた。
その笑みの毒々しさは、あの時の俺とそっくりだった。狂気に身をまかせ、欲望に忠実な者の浮かべる、蠱惑的な笑み。瞬間、怒りとも憎しみともつかないものが、胸の奥で沸騰した。
突然アメリカは銃を抜いた。だが俺のほうが早かった。俺は銃口をシンクの中のアメリカに向ける。怒りにまかせて引き金を引こうとしたとき、ふと、その瞬間に写り込んだシンクの中の自分が目に入った。
俺を小ばかにした笑みを浮かべてる。ずいぶんと必死だな、無意味なことに。そう言いたげな口元。腹の立つ笑み。
鏡を砕けばお前だって消えるくせに、鏡さえ見なければ、何もできないくせに。そう思って睨んだが、あいつは音もなく笑うだけだった。
「何か勘違いしてるんじゃないか?お前、俺が鏡の中の住人だとでも思ってるのか?」
引き金を引く。ハンマーが火薬に火花を散らす。こいつさえ砕けば、こいつさえ砕けば。念じるようにして弾丸が飛び出る瞬間を待つ。
こいつさえ砕けば、あの、アメリカを壊したいだなんて衝動も消えるはずなんだ。
「アハハ……鏡はあくまで鏡だぜ?写りこむのは結局、自分自身なんだ」
最後の刹那までこいつは、歪んだ笑みを口元に残して、そして弾丸をその額に受け入れていった。
(俺からは、誰も逃げられない)(自分からは、誰も逃げられない)
[FIN]
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時間かかってもいいよと優しい言葉を千之からはいただいてはいるがそれにしても遅くなりすぎた。
こ、このお詫びはこの命をもって……
次は千之、果たしてどんなヤンデレが来ることやら^^
沸レ