話題:みじかいの



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第3話『朱に交われば』

グレープフルーツの似合う好青年、間宮忠敬君はローカル線を乗り継ぎ、Z駅へと降り立った。遥か連なる青い山脈、薫る風、風光明媚を絵に描いたような風景に間宮青年は思わずその目を細めた。

「ああ、これぞ旅情。ぼかぁ、幸せだなあー」。山岳版・若大将(加山雄三さん)である。

この地こそ、知る人ぞ知る秘境の温泉場であり、当の間宮青年の目的も勿論その温泉である。[キメラ湯郷]というのが温泉場の名前でZ駅はその最寄り駅となる。とは言え、駅から温泉迄は車で約7時間かかる上、最後は徒歩でなければ辿り着けない険しい山道となる為、よほど気合いの入った人しか訪れる事のない、そのような場所であった。ところが昨年、新幹線の敷設に伴う山林の整備や土地開発で、新たな道路が完成し、行きやすさが格段に増したのだった。Z駅から[キメラ湯郷]迄の所要時間も以前の約7時間から約6時間50分へとグッと短縮された上、車両で直接乗り付ける事が可能となった。

身近な存在となった[キメラ湯郷]。更に便利なのは[キメラ湯郷]にある唯一の宿泊施設、つまり、温泉宿から湯治客の為の送迎バスが出るようになった事である。運転の腕前にあまり自信のない間宮青年は喜んだ。これで念願の[キメラ湯郷]に行く事が出来る。険しい山道を運転するのは間宮青年には無理な話だった。

間宮青年がZ駅の改札口を出るのとほぼ同時に駅前のロータリー広場…と言うか…楕円形っぽい空き地にバスが到着するのが見えた。やけに派手なバスだった。もっとも旅館の送迎バスなのだから派手で当然、特に不思議はない。温泉宿の名前は書かれていないが他にバスがあるとは思えない。これが目当てのバスと考えて間違いないだろう、間宮青年は思った。それでも念の為、運転手に声をかけてまる。

「スミマセン、これ、送迎バスですか?」

「そうだよ〜ん。乗るか〜い?」

「はい、乗ります乗ります」

間宮青年が乗り込むと、バフォッ、変な排気音と共にバスは走り出した。車内はとても混み合っており、間宮青年は唯一空いていたタイヤの上の座席に腰を下ろした。

走り出してすぐ、車内の様子が少しおかしい事に間宮青年は気づいた。空気の濃度が濃いと言うか、粘度が高いと言うか、妙に空気が重くたいのである。得体の知れない湿り気のようなものも感じる。おまけに空気の匂いがむせ返りそうなぐらい甘い。植物性ではなく動物性、そう、フェロモンの放つ甘い薫りのように思えた。

車内を見回した間宮青年はある事に気づいた。乗客の全員が男性なのだ。それも、只者ではないオーラを発している者ばかりである。乗客全員の視線は間宮青年に熱く注がれている。とろけるような視線である。これは明らかにおかしい。もしや、乗るバスを間違えたのだろうか?

「あのぅ……このバス、キメラ湯郷に行きますよね?」間宮青年が運転手に確認する。

「うん?いや、【キメちゃん湯郷】は行かないけど……お兄さんが行きたいなら行ったげる」

これはどういう事なのだろう?

「これ、送迎バスじゃないんですか?」

間宮青年の問いに、ニヤリと笑いながら運転手が答える。

「そうげいバスよ。でもね、送り迎えする方の送迎バスじゃなくて……」

そして、運命の言葉が告げられた。

「乗客全員がゲイの【総ゲイバス】だわよん」

な、な、なんと!そちらの方の“ソウゲイ”であった。

「あの……降りたいんですけど」

「そうしてあげたいけど、この辺りって山ネッシーが出るから危険なのよ。だから一緒に温泉行きましょ。その方が絶対楽しいわよ」

「え、山ネッシーですか!聞いた事ないけど危なそうですね。判りました、言う通りにします」

「ウフフ」

かくして、数十名のゲイの猛者たちと純情可憐な間宮青年を乗せたバスは一路【キメラ湯郷】へと走り続けたのだった。

『こうして僕はジュゴンになったんだ』

後に間宮青年はそう語った。


〜〜余談という名の蛇足〜〜

ゾンビの里を追い出された半ゾンビの男は現在、ジュゴン先輩こと間宮青年の経営者するバー(どすこい竜宮城)で住み込みとして働いている。こうして働きながらコツコツとお金を貯め、ゆくゆくは自分の店を持つのが今の夢だという。店のコンセプトは[お酒を飲めるお化け屋敷]で店名は【存美】(ぞんび)に決めているそうだ。すっかり二丁目の住人となった半ゾンビは店の仲間やジュゴン先輩と毎日を楽しく暮らしている。

ジュゴン「さて、なんか食べに行こうか?」

半ゾンビ「あ、いいっすね」

仲間「お腹ぺこぺこ〜」

仲間2「わたしも〜」

ジュゴン「何食べたい?」

仲間3「美味しければ何でもいいって感じ?」

ジュゴン「豚カツか寿司か焼肉か…」

半ゾンビ「あ、寿司いいっすね」

仲間4「じゃあ、久しぶりに横山屋にする?」

仲間1「いいね〜」

半ゾンビ「寿司屋で名前が横山屋って珍しくないすか?」

仲間3「でしょ?ちょっと変わった店で、頼めば何でも握ってくれるのよ」

半ゾンビ「えっ、何でもっすか!?」

仲間4「うん、私、前に眼鏡握って貰った事ある」

半ゾンビ「眼鏡の握り、って聞いた事ないっす!板前さん、超絶的腕前っすね!」

ジュゴン「じゃ、横山屋に決定、って事でいいかな?」

一同「いいともーー!」

ここで半ゾンビの男はある事に気がついた。

半ゾンビ「あ、寿司で横山屋……横山屋……寿司……横山屋寿司……よこやまやすし!なるほど、それなら何でもアリそうだ」

かくして一行は知る人ぞ知る寿司の名店横山屋へと向かったのである……。

第1話へと戻る。そして、第1話→第2話→第3話→第1話→第2話→第3話→と永遠に読み続けて下さいませ。ぐるぐると循環し続けるうち、やがて虎はバターとなり、たけやぶはふにゃふにゃにふやけてくるのです。


〜完〜


◆後書き◆…アニサキスが時事として少し古いのは、第1話を書いたのが実は5月である為です。急にカールのニュースが飛び込んで来た為、急遽、記事を差し替えたという。で、アップまで少し時間が空くならばボリュームを増そうと考え、第2話と第3話を追加した次第であります。

―完―