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今日見た夢

話題:ひとりごと




夢に一昨年亡くなった祖父が出てきた。

ひたすら父(祖父の息子)にこんなことを言っていた。

「むじな丸ちゃんは今、何をしているだぁ?最近、お金ありがとう、お金ありがとうしか言ってこんだぞ。父は何とも思わんのか?!様子を聞け?話をして、様子を見にいけぇ!」とひたすら父に話しかけているのに、父はそっぽを向いていて、話を聞きもしないという映像を私が見ていて。

お父さんへの怒りや、分かってくれなさを悲しんで、大事であるであろうもの、書類、お薬手帳とか、障害者手帳とか、通所日記とか、その他生活に必需な書類を投げつけて、感情をあらわにして泣いて、父親から逃げるという夢を見たのだけど。

内容がリアルで。

毎日、姉と祖父について実家のことについて話すときに、必ず家から出られたのはおじいちゃんのくれたお金のおかげだから「おじいちゃん、お金ありがとう。そのおかげで今生活できてる。」とばっかり言っているのだけれど、

夢のおじいちゃんは、それがすごく気がかりだから父に言っているという。

内容がリアル過ぎて、寝起きの気分がすごく、動揺している。

父に今の賃貸は絶対知られたくないと思っているから。夢でよかったと思った。

不思議な繋がりの話

話題:ひとりごと



スピチュアルな不思議な出来事を2つ書きたいと思います。

現実で話すと、危ない子認定されてしまうから、仲良くなった子にしか話さないのだけれど、不思議な事があります。

1つ目は、姉との夢の一致について。

私の夢(姉には話していない)
夢の中では、東南アジア系の村で、戦争中に(第二次か第一次世界大戦ごろ)、幼い女の子が、人から追われていて、逃げるために、麻袋に入れられて、ロバにくくりつける荷物に扮して家を抜け出すために、祖母に隠されて、どこかの小屋に逃げて隠れるのだけれど、追ってきた軍人(ヨーロッパ系)の靴音がしてきて、ついに見つかり、捕まるところか、銃剣で刺し殺される所で、目がさめる夢を私は見た事があるのだけれど。

姉(私には話していない)
夢の中で、姉は東南アジア系の村で、家から孫娘を、軍人から逃がすために、麻袋に孫娘を隠し、ロバにくくりつけて送り出したが、軍人が家にやってきて、軍刀で刺し殺された夢を見てた。

不思議だと思うのです。同じ夢を見ていて、私は孫になり、姉は祖母だったのでした。私は世の中に不可思議な事が存在していると思っているので、(霊感あるのは別として、共感覚、聴覚過敏を持っている)姉とこれはきっと前世の記憶だと、ふざけながら笑いあっているのです。

スピリチャルも意外と否定しないで好きなのだけど、多分、姉と私は悲しみも苦しみも分かり合える、姉妹でありソウルメイトなんだなと思って2人でそう言い合っています。

ソウルメイトにも、愛し合うソウルメイト、信頼関係のソウルメイトとか、殺しあうソウルメイトとかがいるらしいのですが、→だんだん危ない人の話みたいになってきているぞ。

姉とよく話すのです、何でこんなに、家族に苦しめられるのか、母と上手くやっていけなくて、こんなに心を傷つけられながら成長をしなければならなかったのか?と、その答えがこないだでたのです。

ここで夢の話が出てくるのです。
仲の悪い親戚は殺しあうソウルメイトなんでは無いかと私が言うと、姉が、考えたら母とが、きっと殺しあうソウルメイトなんじゃない?と言いました。だから前世の夢の中では、軍人がお母さんだったんだと言う話になりました。なんだかすんなり、合点がいきました。だから、今世でも、こんなに離れなければならないし、表面上は上手くやっていても、本当は仲が悪く、一緒に居ると不幸になるんだと。
変に納得がいってる姉と笑いました。
姉とはそんな、不思議な同じ夢を見た、不思議な夢の繋がりがあります。



2つ目は、今通って居る就労移行支援の施設です。変な経験ですが、デジャブを見てしまったのです。

夢の内容は、誰かに追いかけ回されていて、広い病院のような暗い廊下を逃げ回っていたら、見たこともない不思議な形の使い方の分からないトイレに入り込んでしまい、追いつかれてしまい襲われる、殺されたのか?と言う夢でした。

その夢の廊下と障害者用トイレの光景が、今通って居る就労移行支援施設の廊下とトイレと全く同じで、逃げ込んだ先のトイレの隣に毎日入っていると言うデジャブなのです。

今回、アメブロに詳しいほど詳しい日記を書いてしまい、就労移行支援の担当さんに危険だから、やめて下さい・記事の削除をして下さいと言われて閉鎖になりましたが、不思議な縁だと思っています。

もし、ブログを閉鎖しないでいたら、ブログの情報から施設や個人を特定されネットストーカーをされる危険性もあり、関係者さんや施設に通う人たちを危険に晒してしまい、津久井ヤマユリ園のような惨事のターゲットにされて、私が見た夢のように、施設内を追いかけ回されて逃げ回っていたのかもしれないと、夢とブログ閉鎖を振り返り思うのです。

ブログを閉鎖した事で私はデジャブの結末を見ることになりました。

そして、SNSブログの危険性を真剣に話してくれた、担当さんが夢のようなことにならないように止めてくれる形になったのでした。就労移行に通いながら、不思議な経験もしたのでした。

そんな不可思議なデジャブ経験も、同時進行にしているのです。

公式に、人から読んで貰うブログにするに当たり、これからどんな記事を書いていけば、良いのかと言う大きな問いと、問題について。

話題:お知らせ


そんなに重みを置いたブログを、発達障害ブログ以外に(このブログに)重要性と正式性の比重を置いたことが無かったから、これからのこのブログのあり方について考えています。

ありのままの気持ちを書いてしまった過去の日記は、そのままに、私が、当時そういう思いで、書いたと記しておきたいので、そう言う人間なのだと思って頂くしかないのだと思います。

このブログではありませんが、通っている就労移行支援の担当さんに(このブログを含め)ブログがあることを伝えた事により、ブログで書いてはいけない内容を書いていた事から、アメブロのブログ閉鎖をする事になったという、一連の流れがありますが、このブログは大丈夫かな?と言う心配の中で、これからのブログの書き方を、考えています。

このブログは大学の頃に始めた、根暗な愚痴ブログとして、始めたものである事と、日頃言えないことを、ブログで書き綴って日記に残しておきたかったので、書き始めたブログである事とを書いておきたいと思います。

これからはどう書いていくかは、就労移行支援の担当さんと話し合いながらSNSの扱いについて相談しながら確認して、探り探りになっていくと思います。でも、自由に書いてしまうページもあると思います。

どうなるかは、ちょっと現状は分かりません。このブログの読者さんや訪問者さんは、どうぞご理解下さい。

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