(オリジナル)
ちんどんちんどんちんどんしゃん。外から聞こえる祭囃子に夢の淵から叩き起こされる。祭はもう終わったはずなのに何事だ。こんな夜中に騒ぐな近所迷惑甚だしい!と文句の一つでも言ってやろうと窓を開けたところで、普段鈍いだの阿呆だの言われる俺でも流石に気付いた。あ、これ駄目なやつだわ。
挨拶は大事である。こみゅにけーしょんの第一歩だ。出雲の会に出席し、信仰が減ってきたという最近の問題を話し合った時誰かが言った。そうか、我々に足りていなかったのはこみゅにけーしょんだ。しかし神はそう簡単に人に頭を下げれはしない。だから、そっと微笑んだ。なるべく友好的に、穏やかに。
すると人の子は驚いたようにこちらを見た後、深々と頭を下げた。見事なまでの最敬礼。やはり我々に足りなかったのは挨拶だったのかもしれない。図らずもそれに気づかせてくれたあの人の子には良い縁があるように計らってやろう。
あの子のことは知っている。まだ小さな頃、よく神社の境内で遊んでいた。ここ最近は見かけなくなったと思っていたら、もうあんなに大きくなっていたのか。人の子の成長は早い。あの子の父親も、少し前まであんなに小さかったというのになぁ。人の世の移り変わりは、切ないほどに早い。
窓を開けると、提灯をもったやつを先頭に長い長い列が住宅街を歩いていた。教科書で見た参勤交代の図は確かこんな感じだった気がする。しかし決定的に違うのは、それが人間かどうかだ。多分、真ん中の籠に乗ってるのが一番偉い奴だ。思わず凝視してしまったのが悪かった。ふとこちらを向いた顔に、ぶわりと冷や汗が出た。まずい、ばれた、これは見ちゃいけないものだった。小さな頃言われなかったか。夜遅くに祭囃子が聞こえても、外にでちゃあいけないよ、かみさまがお通りになっているんだから。これはかみさまなのか、何なのか、今まで霊感なんて物にはとんと縁がなかった俺にはよくわからない。
思わず頭を下げていた。神様だったら見ちゃあいけなかった。失礼万全である。もっとよくないものだったら見逃してくれと。全力で頭を下げた。そんなこちらの葛藤をよそに、一行は何事もなかったかのように遠ざかってゆく。祭囃子が聞こえなくなるまで俺は頭を下げつづけた。
愛おしい人の子が、我が神社に来た。正月には来ているのを見かけたが、この時期に来るのは珍しい。やはり昨日の挨拶の成果かもしれない。なにやら必死で拝んでいるので、少し興味を持って聞いてやると、どうやら怖い目にあったらしく助けてくれと心で叫んでいる。可哀想に。
きっと神無月の合間に趣味の悪いものたちが悪戯をしたに違いない。一月ほどこの社を抜けていた自分にも責任がある。さぞかし恐ろしかっただろう、申し訳ないことをしてしまった。配下の式たちに今日から夜に見回りをするよう命じ、哀れなまでに怯える人の子に悪しきものが寄り付かないよう願った。
こわいこわいこわいこわい助けてください助けて助けて助けて助けてかみさまごめんなさい助けてこわいこわいこわいこわいごめんなさいごめんなさいごめんなさい許して下さい許して許して許して許してごめんなさいごめんなさいごめんなさいこわいこわいこわいこわい許して許して許して許して許して許して
もはや神頼みである。俺は次の日すぐに近くの神社に駆け込んだ。駆け込み寺ならぬ駆け込み神社。寺も神社もよくわからない現代っ子な日本人だが、今日から勉強します。家の近くにあるそこは子供の頃よく遊んだ場所だ。かみさまたすけて。
あの日以降、夜になると何かいる。確実に探されている。そう怯える日が続いていた。俺の神社通いもヒートアップする。だってあいつらへやを覗き込んできても中には入ってこなかった。かみさまありがとう。最初の日は目が合った瞬間気絶したけど。
可愛い人の子は境内の掃除をし、祈りを捧げてから学校に行くようになった。帰ってからも真面目にここに通い、雑用をこなしたり神主の話を聞いたりと勉学に励んでいる。式の報告曰く、最初の日はうっかり姿を見られてしまったらしいがその日以降はあの子も夜は深く眠れているようだった。
眠ることは大事だ。にんげんは眠らなければ死んでしまう。大事なこの子が死んでしまったらこの土地を守る神として申し訳が立たない。守ってくださってありがとうございます、と今日も祈りを捧げる愛しい子に、きちんと心は通じているのだと愛おしさが増した。
夜は怖すぎるので早く眠り、朝は神社の掃除をしてから高校に行く生活をしている俺の健康状態はとても良好だ。この人生でないほどに早寝早起きをしている。小さな頃から顔見知りの神主さんは何か言いたげだが、黙って箒を貸してくれるいい人である。感謝の意はやはり行動で示さなければならない。
そういえば、とふと気づく。この子はすでにお百度参りくらい終わらせているのではないか。恐らくこの子はそんな事は考えてもいないだろうし、こちらもあまりにも哀れで愛おしくて数える事を忘れていたが、軽く百など超えているだろう。きちんとした形式ややり方は勿論あるが、大切なのは気持ちである。
信仰心とは気持ちが良い。挨拶などと侮ってはならないぞと次の日出雲の会で他の神に自慢してやろう。この子には私も感謝しなければならないのだ。大切な事に気付かされた。そうだ、百度参りもしてくれたのだから一度くらいこちらから顔を出しても良いかもしれない。式たちはこの子は早く眠ると言うし、今晩あたりにでもあの子の夢へ渡ってみるかと決める。さて愛おしい子はどんな顔をするだろう。楽しみだなぁ楽しみだなぁ。
「あまりあの子をいじめて下さいますなよ」虐めるなんてとんでもない!今晩の計画に想いを馳せ、ふくふくと笑うかみさまに、神主は1人頭を抱えた。
こいつらに足りないのはコミュニケーションである。やることなすこと裏目に出ている。かみさまに気に入られたあの子に伝えてやりたい。でも本人たちは楽しそうなので放っておくことにした。もうどうにでもなれ。
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以前原稿垢の方のツイッターにあげていたオリジネタ。結局使わなかったし垢消す予定だったけどこの二人は好きだったのでここで供養。
神様と男子高校生のすれ違いラブ(?)
ツイッターに上げたままの文章をそのまま持ってきたのでわりと尻切れ蜻蛉
17/01/21 03:02